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コールのあとに。
──帰宅後。残っていた仕事を片付け、ココアでも淹れようかと自室のドアのノブに手を掛けたそのとき、小さい丸型テーブルの上に置いたままのスマートフォンが激しく振動をはじめた。
「電話……?」
普段、電話で頻繁に連絡を取るような関係の友人はいないはずだが……。
画面を見てみると、SNSアプリ『ツイスタ』に搭載されている通話機能からの着信が入っていた。
「……もしもし?」
恐る恐るボタンを押し、スピーカーを耳に当てると、先ほど別れたばかりの軽快な声が向こうから聞こえてくる。
『あっ、もしもし。飯田です、飯田 かがり』
「あ……飯田さん。どうしたん……どうしたの?」
ほとんど会話も面識もない……特に、いわゆる“カースト上位”の相手には、同級生であってもついつい敬語が出てしまいそうになる。気が弱いせいなのだろうか。
『明後日のオーディションなんだけどさあ』
「……明後日!?」
慌てて鞄にしまったばかりのチラシの束を取り出し、その内の1枚を乱暴に広げると、たしかにオーディションは明後日の開催になっていた。
『ちょっと……しっかりしてよ』
「し、しっかりって……」
そもそも私はオーディションを受けるつもりなどないのだ。あんたがしっかりしてくれ…………と、さすがに声には出せない。
『できれば一緒に行きたいんだけど……駅前に集合でいいかな?』
「え、え、え、ちょっ」
このままグイグイと相手のペースに乗せられてしまっては本当に自分も同行することになってしまいかねない。飯田さんは可愛いしアイドルにも向いているだろうけど、自分なんかじゃとても──あ。もしや私は、そもそも引き立て役として横に添えられたパセリかブロッコリー程度の存在でしかないのでは……?
……というか、冷静に考えればそれ以外にないだろう!
彼女はきっと、チラシを落とした私を見て『ぷぷぷっ。こんな芋くさい女が私と同じオーディションを受けるですって?』なんてことを考えていたに違いない。そう思うと、なんだか無性に腹が立ってきた。
「…………あの、悪いんだけどさ」
ごくりと喉が鳴る。
「これ以上、私を利用するのやめてもらえないかな」
『利用……?』
「自分を可愛く見せるために、横に地味な奴がいてほしい……みたいなさ。ていうか、『陰キャがアイドルのオーディション受けてて草』って……それこそ、ツイスタでバズり狙いの投稿するのが目的だったりして?」
怒りにまかせて次から次へと言葉が溢れる。おそらく、いまは信じられないほど早口になっているのだろう。
『…………』
「だから、もう……連絡、しないで……くだ、さい」
『──あのさぁ!!!!!』
電話越しの大声に、思わず身が震える。
『……私、本気でアイドル目指してるの。小さい頃からずっと。そんな中途半端な気持ちでやってないし……そっちこそ、人の夢バカにしてんの? って感じなんだけど』
やばい。完全に怒らせてしまった。
「いや、あの……そういうつもりじゃ……」
緊張と興奮で真っ赤になった顔が一気に青ざめる。
『とにかく……明後日、待ってるから。来るまで、ずっと待ってる。だから絶対に…………オーディションで決着つけようぜ』
……それだけ言うと、電話はプツリと切れてしまった。
──ああ、私は最低だ。
彼女はきっと、本当に幼い頃からアイドルに憧れ続け、しかしそれを周りの友人には相談できずに育ってきたのだろう。表向きは大勢の仲間たちに囲まれて、楽しく幸せそうな顔をしていても、実は誰より孤独を感じていたのかもしれない。
そんな折に共通の夢を持つ人物と知り合えた、というのは、彼女の人生において“偶然”では片づけられない運命的なものであったに違いないだろう。しかし、私はそれを『いやいや。勘違いですから』と、まともに取り合うこともなく無下にしてしまったのだ。
それだけでなく、独りよがりで自分勝手な被害妄想と、屈折した醜い感情の爆発を無理やり相手に押し付けて…………。
──それでもあの子は最後に、こんな私に向かって“ずっと待っている”と声をかけてくれた。その心優しさに、自分の行いが余計に恥ずかしく思えてきて、どうしようもなくなってしまう。
こんな夜はいくら枕に叫んでも上手く眠りにつけない。頭から毛布にくるまっても、誰も私を独りにはしてくれない。
そんな後悔の念に苛まれながら、私が心に想っていることはただひとつ。そう、ひとつだけ──。
「“決着つけようぜ”……? “ぜ”って──なに……?」
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