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食堂の七人
「あ。今日、なめこの味噌汁じゃん!」
「えー嫌いなんだけど……」
「ホントに? じゃあもらっていい?」
「なめこだけ?」
「なめこだけ」
朝の7時45分になると食堂の扉が開放され、8時には朝食が出来上がる。私たちはそれぞれの個室からこの15分の間に現地集合し、5分後に全員で食事をするのだ。
「ほのちゃん……今日も来ないのかな」
「あと2分──か。まあ、来ないだろうね」
かがりんと並んで、ご飯、味噌汁、サバの味噌煮と、納豆をトレイに乗せる。
ここでの食事は基本的に、奥にあるカウンターまで自分で料理を取りに行くビュッフェスタイルなので、ダイエット中などの理由で特定のメニューを控えたい場合は調理の方に一言『要りません』と告げればそのようにしてくれるし、おかずの中から嫌いな具材だけを抜いてもらうことも可能。しかし、今日のかがりんようにうっかり嫌いな物を手に取ってしまった場合には『やっぱり……』と言うのも気が引けるので、メンバー内でおかずのトレードがはじまるのである。
「じゃあ私は……納豆もらおうかな」
「えっ!? これはあれじゃん、ご飯食べるやつじゃん!」
パック納豆や肉、魚などの皿物は基本的に人数分しか用意されていないので、なかなかトレードの対象にはならないのだ。……というか、私は絶対にあげたくない。
「──奈央、顔っ!」
「今回は苦手な物の処理なのでトレードは無しでーす」
毎朝、こんな調子で開幕から無駄にテンションが高いのが私たちである。
「おはよー。納豆だったら穂花の……ほら。これでいいじゃん」
テルちゃんが後ろから声を掛けてきた。右手には納豆をブラブラさせている。
「おっは。……あ、それもいいか」
寮での食事──特に朝食は、詰まるところ学校給食のようなもので、お皿が人数分だけ用意してあるということは、おかずを残す人がいればそれだけ物が余るということとイコールであり、残ったおかずが人気のメニューであれば、争奪戦──じゃんけん大会がはじまるのだ。
今日は幸いにも、食事開始の1分前になってもカウンターに納豆が残っている。手間なくおかずをもう1品食べられるチャンス……というワケだ。こういう日は大変平和でいい。
一度、グリルチキンかなにかが出たときは、すごかったな……。莉香ちゃんの分が余ったのをきっかけに、あちらこちらでじゃんけん大会やらトレードが勃発して、朝から大騒ぎだった。
「じゃあ、ご遠慮なく……」
と、かがりんが納豆に手を伸ばした、そのとき──。
「ちょっ、ちょっと待ったあーっ! なにやってんの!?」
──8時4分26秒。食堂のドアが、大きな音を立てて押し開かれた。
この場所で会うのは、実に5日振り。ようやく彼女が姿を見せてくれたのだ。
「ほのちゃ……」
ほのちゃんはカツカツとカウンターに直行してくるや否や、かがりんから納豆をぶん捕り──それを手にしたまま、すでにテーブルを囲っていた他のメンバーたちの方へ振り返って頭を下げた。
「……大変ご迷惑をおかけしました。許してくれとは言いません。──だけど、これから足を引っ張るつもりもないです」
そう宣言すると、再びこちらに目をやり、口を開く。
「みんなもごめんね? 私、センターのことばっかり考えて、ちょっとおかしかったみたい……。そこはもう、自分の中で決着つけたから……。でもね……ゆずれないことも、あるでしょ──?」
右手に持った納豆を小さく振りながら微笑む彼女は、祝福の鐘を鳴らす天使のようだった。アイドルオーラ完全復活である。
だけど──そ、そんなに納豆が食べたかったのか…………?
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