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もしかして?
──ようやく7人全員で、息が合い、足並みの揃ったパフォーマンスができるようになった。ほのちゃんはここ数日の遅れをまったく感じさせない凄まじいスピードで振りと立ち位置の移動をマスターし、いまやダンスが苦手な私や曜ちゃんは、彼女に振りを教わる立場である。
もちろん、レッスン後の食事や入浴も和気藹々と盛り上がり、私たちの関係は、自然といつもの和やかな雰囲気へと戻っていった。
「ライブまで1週間だよ……。めっちゃ緊張してきたー」
「色んなアーティストの方とかも出るんだよね?」
「もしかしたらさ、“くろぉばぁ”さんも見てるかも」
「え。くろちゃん見てたらマジでヤバイから!」
本日も食堂は大盛り上がりである。
「……あのさ。くろぉばぁ──って、誰? 有名な人?」
「私も知らないんだけど」
テルちゃんと莉香ちゃんが目を細める。……それはちょっと、聞き捨てならないな。
くろぉばぁさんは素人向け配信アプリ『A LIVE』の配信者で、現役女子高生の視点からいま流行りのアイドルグループについて、ときに毒舌を交えつつ熱く語るスタイルが人気を博している。もともと20代〜30代の男性配信者が多く、利用者層の幅も狭かったA LIVEに彗星の如く現れたカリスマ的存在であり、10代の男子学生層や女性ユーザーを爆発的に増やした立役者とも呼ばれている人物だ。
彼女のトークには“女子から見た女子”の辛辣かつ、赤裸々な本音が詰まっており、同性からの支持がかなり高いことでも有名。“くろぉばぁズ”と呼ばれる囲いの男性ファンも大勢いるが、いつぞやの配信での視聴者アンケートではやはり、男女比2:8と女性層が圧倒的多数であった。
「──そんな、くろぉばぁさんを知らないの!?」
「熱く語ってもらって悪いんだけど…………うん、知らない」
私みたいな地味な奴から、かがりんのようなリア充までもが知っているくろぉばぁさんを知らないとは──テルちゃんはあまりネットとか見ないのかなと思うけど、オリエンテーションで『私からネットを奪ったら死ぬ!』とまで叫んでいた程度にはネット漬けであろう莉香ちゃんも…………とは、意外である。
「……でもさ。最近、くろちゃん配信しないじゃん」
「引退説あるよね」
そう。A LIVEで成功を収め、ルーム登録者数も堂々の1位を飾ったくろぉばぁさんだが、数ヶ月前からぱったりと配信が止まってしまっているのだ。私たちも事務所からSNS禁止を言い渡されてしまったので頻繁にはチェックできないが、“配信アプリだからセーフ”理論でルームをたまに覗いても、やはり配信履歴は途絶えたまま──。ネット上では、引退説が濃厚とされている。
「私たちがオーディション受かったくらいじゃない? 辞めちゃってショックだったー」
「めっちゃタイミング悪かったよね」
「それなー。もう、あらいぶ見るものないもん」
100%丸ごと同意である。是非とも彼女から、私たち7Stepについてコメントをいただきたかった……!
……ちなみに“あらいぶ”とはA LIVEの略称で、そもそものアプリ名が英単語ALIVEのもじりということもあり、ユーザーからはもっぱらこう呼ばれているのだ。
「──そんな時間も、情報収集もできねえんだから、仕方ねーだろ……」
「……え?」
莉香ちゃんの一言に、みんなが振り返る。
「なんだ、ちばりか。やっぱり知ってるんじゃん」
「あっ。いや、ちがくて……! 想像、想像」
なんだか妙に焦っている感じが……? さっきは口調もいつもと違って、ちょっと荒々しい印象だったし……。
「ほら、私もネットやるから分かるんだよ、そういうの。きっとその……なんとかって子もそうなんじゃない?」
「ふーん…………」
冷めた眼差し。どうやら、みんなからの疑いが晴れることはないようだ。
「もしかしてさあ」
かがりんがなにかを閃いたように立ち上がる。──やめてくれ、かがりんっ!
……現役女子高生、あの言葉遣い、そして配信が途絶えたタイミング──パズルのピースが、どんどんと埋まっていく。
私たちはおそらく全員、いま同じことを想像しているだろう。はじめて顔を合わせたときに彼女から感じた『悪い意味ではなく、違う顔を持っていそう』という雰囲気は、まさにこれのことだったのだ。
うん……自分でも信じられないけれど、莉香ちゃんは、そう──。
「あんた実は、くろちゃんの大ファンなんじゃないのっ!?」
…………ベタだなあ、おい!!!!!
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