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内葉 莉香、怠惰の理由。
私は学校が大嫌いだった。
右に倣えの前倣え、マジョリティこそが正義──本当にくだらない。
だから、中学3年の春を迎えたときは“ようやくここから解放されるんだ”と、手を上げて喜んだ。
──しかし、世間体という、なんの意味もない建前に縛られて、両親は私を無理やり高校に通わせるように準備を進めていた。
入試、面接…………志望動機なんてありもしないのに、何度も何度も嘘を吐く。冬が近付くにつれて、心の窓ガラスもぼんやりと曇っていくような感じがした。
……なにより一番情けないのは、グチグチとこんなことを言いながら、結局は親に逆らえず、顔色ばかり伺って少しも反論できない私自身だ。そんな自分に嫌気が差して──卒業式当日の朝、制服を着て家を出たまま、ゲームセンターで時間を潰した。
その日はじめて、私は“なにか”に反抗したのだ──。
高校に入学しても、授業にはほとんど出席しなかった。……現在、2年生。よく進級できたなと、自分でも思う。
それではいったい、華の女子高生がロクに学校にも行かず、なにをやっているのかといえば…………。
──インターネット。
中学生の頃に出会ったこの世界が、私の人生を変えてくれた。
……はじめはグループチャット。
性別や年齢、出身地の垣根を超えて、共通の趣味について語り合う時間は最高に楽しかった。次第に掲示板にものめり込み、あらゆるネット知識や、ある種の耐性はそこで身につけたといっても過言ではない。
その後はブログ、ネトゲーと、順調に“こちらの”世界に染まっていくことになり──。
あるとき、とうとう私は、ネット上での承認欲求というか……自己顕示欲に負けて、配信デビューを決意し(てしまっ)た。
人気者になりたいとか、応援してほしいとか…………そのくせ顔出しは絶対にイヤだ、とか。自分に都合の良いことばかり考えていたせいで動画サイトへの投稿は敷居が高いと感じ、収録を先延ばしにしていたのだが……。次第に素人向けの配信サービスが充実しはじめて、背中を押されたような気がしたのだ。
その中でもA LIVEは圧倒的に女性配信者が少なかったので、“このタイミングなら自分でもいける!”と半ば確信しつつ、早速アカウントを作成した。
それからは、いわゆる『オタサーの姫』のような扱いを受けて、熱心な囲いのファンも大勢できたし、配信中にユーザーから大量のギフト(投げ銭)が送られてくるようになった。月間ルーム登録者、アクティブユーザーランキング、総合ポイント獲得数──あらゆる指標でトップの成績を残し、追随する二番煎じ、三番煎じの連中を寄せ付けない、不動の地位を築き上げたのだ。
あとから出てきた“顔だけ”可愛い風のやつらと私が決定的に違うのは、トークに重きを置いているかどうかだと思う。私は配信をはじめる前から、“ただ、好きなことだけを熱く語る”というのを目標に、徹底的に喋りを磨くことにした。
そもそも平日の昼間から配信アプリを見ている人間なんて、私のような社会不適合者か、よっぽどの暇人だけだろう。そういう層には毒舌や過激な物言いがウケることはわかっていた。それらも全て計算の内だったのだ。
……同世代の女子からも持ち上げられるようになるとは想定外だったが、誰しも腹の底で考えていることは一緒──と、いうことなのだろうか?
大人気の毒舌配信者──いつの間にか、私は“内葉 莉香”でいるよりも、有名ライバー“くろぉばぁ”でいる方が心地良くなっていた。
「はいはい、今日も13時まで生配信〜」
いつものようにライブ配信を開始する。あっという間に来場者数は4000以上だ。
「あそこはセンターがさあ──え、なになに。また新しいグループできんの? 最近多過ぎだろ……私も追えねーよ」
私の配信はアイドル談義がメインであり、コメントではそういう連中からの情報も、どんどん入ってくる。
「くろぉばぁさんも受けてみたらどうですか…………って、無理無理無理! 絶対に無理だから!」
──なんだ、こいつら。人のこと、からかいやがって。
「え。『これは期待』、『絶対に受かるわ』、『応援してます』…………。そ、そうか? そうかなー?」
ここまで言われてしまうと、私も気分は悪くない。
「じゃあお前ら、コメント欄でそのオーディションの詳細貼れ! いまやってるアンケートの投票が終わるまでな」
──画面いっぱいに同じURLが流れていく。
この“自分が煽動した通りにコメントが埋まる”瞬間の快感は、一度味わうと抜け出せない。たまに目立とうとしているのか、空気を読まずにスベっている奴もいるが……。
「はい、じゃあ今日の配信はここまで! オーディション? ホントに受けるワケねーだろうが!」
──配信終了。今日も楽しかった。
「オーディションか…………」
実は先ほど、こっそりURLをコピーしてしまっていた。
どうしよう。どうしよう。どうしよう。
ここが、私が変わるきっかけになるのかもしれない──。
……まあ、そんなこんなで、引きこもりがちだった私がなぜか、アイドルグループのメンバーになっているワケだが。
なんと事務所の方針で、SNSを禁止されてしまったのだ! あああ。16万人のフォロワーたちが……。
これでは大好きな地下アイドルの情報収集も、アプリからの配信もできなくなってしまう。
──と、いうか、振り入れやレッスンを実際に体験して、その上でプロのアイドルに対してああだこうだと言う気にはもう、とてもじゃないがなれない。彼女たちは偉大なのだと、私は身をもって知ったのだ。
そしてやはり、自分自身、“くろぉばぁ”ではなく“内葉 莉香”として認められたい。
集団行動に反抗していた過去とは決別し、このグループで胸を張って活動できるように、成長していきたい。
私はもっと、私を好きになる。
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