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まだ若いから、もう和解。
駅の北口から中を通って南口に抜けると、駅前広場周辺で待ち合わせをしているカップルやサラリーマンに紛れて、壁にもたれながらスマートフォンを操作している彼女の姿が目についた。
それと同時に、SNSから通知が届く。
『いまどこ? もう着いてる?』
……本来なら、手を挙げて『こっち、こっち』と笑顔で近づくべき場面だが──。
「お、一昨日のことが気まず過ぎる……」
──そう。電話越しに大喧嘩になりかけた、あの夜の件。あれがまだ尾を引いていた。
昨日はなんとか、一日顔を合わせずに済んだのだが…………。
「飯田さん、本当に待ってるんだもんなあ」
依然アイドル活動に一切の興味はないものの、彼女への贖罪の意味も込めて、せめてオーディションくらいは……と腹を括ったが、先日の諍いのささやかな仕返しとして、ひとり待ちぼうけをくらってしまう──という展開も(まったく意地の悪い話だが)当然、覚悟の上ではあった。
しかし、あの飯田 かがりは、待ち合わせ中の佇まいや送られてきたメッセージの文面を見ても、“私がここに来ないことを一切、想定していない”のだ。
純粋過ぎて怖い……が、正直ちょっぴり“可愛い”とも思ってしまった。
「遅れてごめんなさい……」
「あ。来た来た」
向こうで彼女が軽く手を振る。
……やはり、真正面から目は合わせづらいな……。
「──琴石さん、この間はごめんなさい。今日はオーディション楽しもう?」
「え!? あっ、うん……そうだね」
礼儀として、ここは私の方から謝らなければならないはずなのに……思わぬ先制パンチを食らってしまった。な、なぜこんなに人間が出来ているんだ……! 私が惨めじゃないか!
「今日の服、可愛い。気合い入ってるね」
「そ、そうかな?」
これは母に『女友達と水族館に行くから』と嘘をついて見繕ってもらったコーディネートだ。いまからオーディションを受けに行く“勝負服”が母親のプロデュースだと知ったら、彼女はなんと言うだろう……。
「私もちょっと頑張ってみたんだけど、どうかな?」
「あ……すっごく可愛いと思う。髪とか……」
「そう! 軽く切って巻いたの。わかる!?」
あ、なんだかんだで和気藹々とした雰囲気になってきたかもな……。
電車を2本乗り継ぎ目的の駅に近づく頃には、私たちはすっかり打ち解け合っていた。
「飯田さんはさ……」
「もう、かがりでいいよ」
「……かがりちゃん」
「じゃあ、私も奈央って呼ぶね」
「かがりちゃんは、いままでオーディションとか受けたことあるの?」
「ううん。なかなか勇気が出なくて。今回だって、奈央と一緒じゃなかったら受けてなかったと思う」
「そんな……」
「だから、電話であんな風に言われたときはショックだったけど」
「ご、ごめん……」
「じょーだん」
彼女がそう笑うのと同時に、電車が動きを止めた。
「あ、着いたみたい」
「うわ、やばっ。いまさら緊張してきた……」
そして反対に、私たちの夢はいま、ここから動きはじめる──。
「…………おーい奈央、トイレまだー?」
「ごめん、ホントごめんっ!」
わ、私が一番緊張してるじゃないか…………!
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