5_side.F

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「どうだった?昨日」 「どうだったとは?」 「た、楽しかった?」 「全然」 「えぇ、即答…」 次の日、珍しく自分の方から声を掛けてきてくれた澤くんはどこかそわそわしていた。 きっと…これは希望的観測だけど、彼は俺が合コンでどんな風に過ごしていたのかを気にしてくれていたに違いない。 もしそうなら、すごく嬉しい。 嬉しいので、例え違っていてもそういうことにしておこう。 「楽しくなかったのか?」 「まぁねぇ」 「え、あ、やっぱりお前」 俺の代わりに無理して、という彼の言葉にわざと被せて言葉を続けた。 「駄目だなぁ。俺合コンとか行ったことなくて。確かめたくて行ってみたけど、俺もやっぱああいう場所は苦手みたい」 「にがて?」 「苦手」 「その、集団でわいわいやるのが?」 「それもあるけど、まぁ何というか」 隣に誰かさんが居ないのが変な感じだった、かな。 そう告げると彼は一瞬きょとんとした後、かすかに頬を赤らめた。 が、どうやら自分の表情の変化に気づいていないらしい。 僅かに紅潮した頬をそのままに、彼はじいっと俺を見つめていた。これでもかと輝く黒曜石の中に、どこまでも卑しい俺の姿が映る。 ぱちぱちと音を立てそうな瞬きを繰り返した後、彼はふいと下を向いてしまった。 黒髪から僅かに覗く耳までもが赤い。 …あぁ、堪んないな。 「ちなみに俺はちゃんと脇役貫いたよ」 「う、嘘臭いな…」 「澤くん、こっち来て」 「なに?」 うん、しっくりくる。 隣はやっぱりこうでないとな。 「あの、さ。藤倉」 「なぁに」 「昨日その…いいなと思う人、いたか?」 「………今見つけた」 正確には、再確認した。 だけど俺の言葉をどう受け取ってしまったのか、俺にとってのたった一人はまた俯いいて「そっか」と短い返事を溢した。 最近落ち込むとすぐにこんな風に表情や仕草に出してくれるようになった気がするが、本人はきっと無自覚なんだろうな。 すっと顎を掬い上げて半ば無理やり上を向かせる。すると溜まった涙のせいで先ほどより煌めきを増した瞳と視線が重なった。 「…ここにいる」 ここにしかいない。 「え、何て…んっ」 「自分で言うけどおれ、一途だから。…ゴメンね」 離してあげられなくて、ゴメンね。 可哀想におれなんかに目をつけられてしまった彼は、いつになったら気づくのだろう。 きみはとっくにおれが作った檻の中に囚われているということに。 滑らかな頬に手を滑らせるとピクリと肩が反応し、また、みるみる肌が紅潮してゆく。 恥ずかしさからなのか、黒い瞳にもじわじわと涙が込み上げてきているようで。 …欲しいな。 全部知りたい。 一体どういう感情を抱いているのだろう。 想像は出来ても、本当は分からないよ。 嫉妬してくれたのだろうか。 それとも、代わりに合コンに行った俺に罪悪感を抱いたりしたのかな。 もし「気になる子ができた」なんて言ったら、嫌だと思ってくれるかな。 悲しいとか、寂しいと感じてくれたりするのだろうか。 きみが少しでも傷ついたり悲しんだりすることは絶対に絶対にあってはならないことなのに、嫉妬してくれたなら…もしそうであったなら嬉しいと思ってしまう。 そうあることを願ってしまう。 こんな卑しいおれでごめんね。 「みんなも、楽しそうにしてたよ」 「そっ…か。というかお前、今」 「さぁ行こうか。遅れちゃうよ」 微笑みかけるというか、彼の方を向くと顔が自然に緩んでしまう。特に引き締めようともせず、緩んだままの表情で彼の方を向くと彼は何とも言えないカオをしていた。 おれの突然の「スキンシップ」に照れているような、何かを理解できなくて疑問符が飛び交っているような、嬉しそうな悩ましそうな…そんなカオ。 これで無自覚というのが、何とも…。 こんな表情を他の誰かに披露するのは勘弁して欲しいので、今日はちょっとゆっくり登校しよう。 「藤倉…手」 「なぁに」 「何でもない…」 変態め…とポツリと呟かれた言葉はきっちり俺の耳に届いた。 そうなんだよ。 でも振り払わないそっちもそっちだからね。 全く。 俺にも彼にも、課題は山積みだ。
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