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ゴミステーション。
くろろとの協議の末、やはり辻間と真正面からやり合うのは危険だ……ということで、俺たちは“待ち伏せ作戦”を施行することとなった。
明日の午前九時、このアパートの住人たちが燃えるゴミを捨てにやってくるところを狙って、ゴミステーションの陰に潜み、辻間の姿をウォッチングする……という高難易度ミッションである。
──そして翌日。
すっかり寒空にも慣れてきたこの頃、毎年、唐突に革のジャンパーが鬱陶しくなるほど暑くなる日がぽつりと現れたりするもので、今日がまさにそれであった。
これぞ女心と秋の空、というやつか。
……いや、男心と、だったか? まあ、どちらでもいいのだけれども。
「……ゴミステーションってさあ、北海道しか言わないらしいよね」
そんな日に限って、俺のすぐ横にしゃがみ込むこの女が余計な雑談を振ってくるものだから、もう、余計に面倒なのである。
「神戸でもそう呼ぶ地域があるって、この前テレビでやってたぞ」
「えっ、そうなの?」
ジリジリと太陽が照りつける土曜の朝っぱらから、ゴミステーション──つまり、ゴミ捨て場の後ろに隠れて、好き放題に生え散らかっている雑草をぷち、ぷちと抜いては互いに投げ合っている俺たちを、この移り気な秋空はどういった感情で眺めていらっしゃるんだろうね? その見た目に違わず、広く大きな心で受け止めてくれていればいいのだが……。
なんと言っても、今日はある意味、絶好の“張り込み日和”なのである。これから雨なんて降られたら、たまったもんじゃない。
どうにかお天道様には、こんなにも貴重な時間を浪費している若者二人を見逃していただけるよう、お願いするしかないな。
そしてついでに、今回の作戦の成功も一緒に祈っておいてやろう。俺は欲張りなのだ。
「……あっ、あの子じゃない?」
くろろが突然、俺の肩を叩いて数メートル先を指さす。
そこにはたしかに、こちらに向かって歩いてくる女性の姿があったのだが──いや、違う。
ああ。そういえば、こいつは辻間 弥生について詳しくは知らないんだったな。
「あのな、くろろ。辻間は真っ赤な髪をした悪魔みたいな女なんだよ」
その女性は、黒のミディアムヘアに『ちょっとゴミを捨ててきますね』といったようなスウェットの上下が嫌味なく似合う着こなしの、スラッとした“オトナ”な印象。物陰から覗き込んでいることもあり顔はよく見えないが、これは……経験則から断言してしまおう。間違いなく美人である。
「でもいま、一◯二号室から……」
「しつこいなあ。妹さんかなにかだろう? あんな、恐怖! 暴力女に似つかず、清楚に育ってくれて結構じゃないか」
「──誰が仮面ライダーの怪人だ、ああ?」
油断していた──。気が付いたときには、その顔が既に目前まで迫っていたのだ。
鋭いナイフのような、あるいは、蛙を呑み込む大蛇のような、冷酷なこの目は──間違いない。
──辻間 弥生……。
黒く染まった髪の毛が風に揺れ、外ハネにした毛先に残るワインレッドの“血の刻印”がギラギラと輝く太陽に照りつけられる。
お前……だったのか。
季節外れの蒸し暑さはさっとどこかへ消え失せて、俺の全身を北風が吹き去ったかのような薄ら寒さが襲った。
「そこの女も一緒に、ちょっと顔貸せや」
はい。出ました、死刑宣告。ぼく、死にまーす。
くろろは──馬鹿野郎、さっさと逃げやがれ。ガタガタ震えてるんじゃねえぞ、この野郎。
そして……こんな状況で俺はといえば、先ほどお天道様に祈りを捧げていたことを思い出し、彼のそのあまりの不甲斐なさに“太陽の馬鹿”なんて、どこぞのご機嫌ななめなマーメイドのようなことを考えつつ、静かに目を閉じて覚悟を決めたのであった──。
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