辻間 弥生という女。

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辻間 弥生という女。

 俺とくろろは、おそらく辻間とそのがアジトとして利用しているのであろう廃ビルに引き摺られ、錆びついた鉄パイプの後ろに、腕を回した状態で手錠を繋がれて──。 という、最悪のシチュエーションを想定していたのだが……。 「……お前ら、なんでこんなトコに隠れてるんだよ」 「えっ、あの、えーっと……」 「ごもごもしねえではっきりしろや」 「はぃいっ!」 ──その場で尋問が続いていた。  どうやらこの女は、俺たちをじわじわとなぶり殺しにしたいらしい。そう簡単にラクにはさせない、ってか? 「とりあえず、ゴミ出しくらいでうだうだやってっとウチのばーちゃんが心配するからよ。話があんなら、あたしの家で聞いてやる」 「……ばーちゃん?」  辻間の予想外の一言に少々呆気にとられていると、彼女はゴミを投げ入れ、すぐに自室の方へと踵を返した。 「──さっさとついてこいやァ!」 「イィーッ!」 ……やっぱりアイツは、怪人だと思う。 「まあ、座れや」  居間の中央にポツリと置かれたちゃぶ台。 「失礼します……」  俺とくろろはその前に並んで正座する。 「…………んで?」  辻間が、蛇口から捻り出た水道水をそのまま受け止めたガラスのコップを、俺たちの目の前に差し出した。 「お前らは──あたしのことを待ち伏せてた、ってことだな?」 「……ああ、はい。まあ、そうなりますね……」 「そっちの男だけなら、“変態”で終わる話だが……なんだってそんなウゼェことしてんだ?」 「それにはですね、古代ギリシャ人の顔の彫りより深ーいワケがありまして」 「はあ? なんだよそれ。もっとほら……海とかで例えろよ」  なんとなく、場のムードが和らいできた気がする。  それを察知したのか、くろろがバスケ大会の詳細を彼女に説明しはじめたのだが──。 「…………やらねえ!!」  ですよねー。 「大体、なんだよバスケって。ガキじゃねーんだから」 「ガッ……! ガキはアンタの方で……」  とんでもないことを口走りかけたくろろを必死に制止しつつ、俺もなんとか辻間に頼み込んでみるが……やはり、暖簾に腕押しである。 「わざわざそんなこと言うために土曜の朝からゴミステに隠れてたのかよ。おめでてーな」  改めて言われると恥ずかしい。まったくその通りだ。 「つーわけで、さっさと帰れ。こっちはお前らみたいにヒマじゃねーんだからな……」  そう言いながら、奴がほとんど口の付いていない二つのコップを持ち上げ、腰を浮かせたその瞬間──。 「おはよう、弥生ちゃん。あらっ、お友達?」  奥の部屋から、七十歳前後の女性が現れた。 「ば、ばーちゃん! ちがっ、コイツらは……えっと」  俺はいま……幻を見ているのだろうか? 悪魔の女と恐れられる辻間 弥生が、思いも寄らぬアクシデントに直面してあたふたしているのだ。 「……なんでいま、起きてきちゃうかなあ」 「弥生ちゃんの声が聞こえてね。ほら、今日は野球を観に行くって約束してたから。おばあちゃん、寝坊しちゃったと思って……」 「野球は明日! 日曜日! 今日は土曜日だっての……」 「ごめんねえ」  なんだかとても微笑ましい会話が繰り広げられているぞ。 「お二人さん、はじめましてこんにちは。弥生の祖母、やつやです」  いきなり声をかけられ、こちらもあわてて挨拶を返す。 「ど、どうも……」 「いいからっ! お前らもなんで挨拶してんだ、バカ!」  おやおや……髪の代わりに顔が真っ赤だぜ、弥生ちゃん。 「…………なっ、お前ら? か・え・れ」 ──ゾクッとするほど冷たい視線。  一瞬でもこの女を使と形容しかけた俺がアホだった!  これ以上はもう、どうすることもできなさそうなので、今日は一旦、退散することにした。 「──さんざんな目にあったな」 「でも……なんとかなりそうな気がするんだけど、私」  そう──そうなんだよなあ。 「あの子、私たちと同じ匂いがするのよね」 「ああ。同感」 「…………絶対に仲間に引き込むわよ!」
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