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ピンチヒッター!
──バスケ大会終了後、事前のミーティングでもお世話になった自宅近くのカフェ『エフカ』にて祝勝会をとり行っていると、突如として俺のスマホが小刻みにバイブレーションをはじめた。
「はい、はい…………ええっ!?」
なにやら不穏な空気を感じとったのか、くろろと弥生が俺の顔を覗き込む。
「……なにかあったの?」
電話を切るのと同時に、くろろが心配そうに訊ねてきた。
「いや、俺のバイト先──『味の平木』って定食屋なんだけど、そこの婆さんがギックリ腰やっちまったらしくてさ……」
「うん」
「老夫婦で切り盛りしてるから、店が回らなくて大変なんだと」
「……いま、お昼どきだしね」
「ああ。明日からはしばらく休むらしいけど、とにかく今日なんとか乗り切らないと、って……」
そこまで言うと、すぐさま目を輝かせて席を立ち上がったのは──弥生の方だった。
「ナオのバイト先がピンチだっつーんなら、あたしらでなんとかするしかねーな!!」
──あの大会以来、俺たちは弥生とよく連むようになり、いまでは奴から“ナオ”、“くろ姉”と呼ばれている。未だ信じられないことではあるが……。
「う、うん……そうね……」
くろろは──なんだか、乗り気じゃないように見えるな。
「じゃあ、店はあたしらでなんとかすっから……。アンタ、ばーさんに付いててやれよ」
「すまないねえ」
弥生のこういうところでの面倒見の良さは……ヤンキーならでは、だろうか。
「あ、あの……お大事に」
くろろはやはり、普段の元気がないようだ。
「……それじゃあ、俺はいつも通り店に出てるから。くろろと弥生は厨房をたのむ」
「よしっ! まかせとけ!」
──いま思えば、この判断が間違いだったのかもしれないな…………。
「な、なんだ……これは……!?」
さあさあ諸君。ついに、先ほどからのくろろのあの態度の原因が判明したぞ。
聞いて驚くなよ……実はくろろは、めちゃくちゃ料理がド下手だったんだ! なにかと器用なイメージのある女だったんだが…………まあ、ベッタベタな属性をお持ちで。
営業中もクレーム、クレームの嵐。ユアマイソウソウだ。……ということで、最終的に彼女にはレジの番人をお願いすることとなった。
「──ほら、お疲れさん」
対して弥生は…………これまたベタではあるのだが、意外にも料理がめちゃくちゃ上手かった。味も盛り付けもプロ級だ。
閉店後、余った食材でササッと作ったまかないでさえ、感動レベルの逸品である。
「……お前、なんでこんなに料理できるんだよ」
「別に……できるってほどじゃねーけどよ。ばーちゃんに色々と教えられてっからな」
なるほどな。いやいや、でも、そんなに謙遜するなよ。
「マジでコレ、スゲー美味いって! 弥生お前……料理の道を目指そうとか思わないのか?」
「…………考えたこともなかったな」
高校卒業以来、すっかり枯れてしまったコイツにも……生きがいや、やりがいを見つけてほしい。いまからでも自分なりの“青春”を探してほしいと思うんだ。
「もし……お前さえ迷惑じゃなければさ、ここで働かせてもらえるよう、俺から平木さんに話してみようか……」
──しばしの沈黙。
「……じゃあ、お願いするわ。どうせやることもねーし……その、ナオにそう言ってもらえると……嬉しいから……」
弥生の顔が、その毛先よりも真っ赤に染まる。
「──あのさあ!」
なんだかちょっぴり“いいムード”が流れる中、痺れを切らしたくろろが台所を叩く。
「私のまかない丼も食べてくれない!?」
うーん……いや、それは……。
というかそもそも、これは丼なのか……?
「わりぃ、くろ姉。それは無理だわ…………」
……コイツはホント、いつも俺の言いたいことを言ってくれるな──。
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