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はじめての読者。
あれから一週間。俺とくろろはすっかり打ち解けており──。
「ねえ、尚斗。そういえば私、尚斗の小説って読んだことないかも」
高校時代のような青春を……という話はどこへやら、くろろは俺の部屋を『秘密基地』と称し、度々ここを訪れるようになった。おいおい、それじゃあ小学生だぜ。
「人に見せるようなものでもないし……恥ずかしいかな」
「なによ。私は結構、色々とさらけ出したのに」
まあ……たしかに。 これまで“衣装合わせ”だの“採寸”だのと言ってあれやこれやと様々なコスチュームに着替えているお前の姿はさんざん見てきたし? 事実、それは何物にも代え難い眼福であったワケだが……それはお前が半強制的に見せつけてきたものであって、それとこれとでは等価交換が成立しないと思う。
「ねえねえ、いいでしょ? ねっ、お願い!」
……ううむ。そんなに可愛くおねだりされてしまうと、男は弱い。
「でもなあ……まともに書き上げたのなんて一本あるかどうか……」
「ふーん。それは賞とかに応募しなかったの?」
「その一本も、高校時代の落書きだからな。改めて読み返してみると、作品の体も保っていない出来だと思うし」
「読ませてくれるなら、別にそれでもいいけど。だって高卒でずっとフリーターやってるんでしょ? 一度でも大学に入ったワケでもないし、さして知識教養も文章力も変わらないわよ」
な、なんてことを……人によっては学歴にコンプレックスもあるんだぞ! よくも軽々と、そういうことを口走れるな。
「……ていうかどうせ、たまに自分で読み返して『案外いけるかもー』とか思ってるんでしょ? リメイクしようかな、とか」
うっ。
「リメイク──しかも『あの、超大作が再び!』みたいな煽りを勝手に付けたりしてそう」
「うわぁああああ! もうやめてくれ!」
なんだこの女、エスパーか!? なぜここまで見透かされているんだ……!
「わかった、観念するよ。だからもう勘弁してください……」
はあ。“美人は三日で飽きる”というのは都市伝説だと思っていたが、ありゃあ本当だね。ひと目惚れして、あれだけ気になっていたくろろと毎日一緒に過ごせる──なんて天国みたいな状況でも、もはやまったく嬉しくないもんな。
「……なになに『皐月川 リリカの七不思議』。どっかで見たような、ありがちなタイトルね」
「量産型で悪かったな」
俺のその返答は……おそらく聞いちゃいなかったんだろう。くろろは真剣な表情で、原稿用紙の代わりに使わせていただいていた英語かなにかの学習ノートをパラパラと捲っている。
「…………ラノベじゃん」
数十分の沈黙のあと、両手で勢いよくノートを挟み潰しながら、くろろが言った。
「はい?」
「これ、小説じゃなくてラノベじゃん!」
「え……いや、なにが?」
なにが言いたいんだ。はっきりしてくれよ。
「だから! これは小説じゃなくてラノベなの。ラ・ノ・ベ!」
「はあ? どこがっ! なに言って……はっ、意味わかんねえし!」
自分でも興奮し過ぎてなにを言っているのか理解不能だ。いま、“意味わかんねえ”のは間違いなく俺の方だろう。
「別に恥じることじゃないのよ。ラノベだって立派だし」
「……いや、というか、そもそも小説とラノベの違いってなんだよ?」
「そりゃあ…………中高生くらいの男女がなんやかんやで世界を救っちゃう感じのストーリーのやつ?」
「それはジュブナイルだろ」
「あ。じゃあ、ほら。男の子が美女にモテモテでハーレム状態みたいなやつよ」
「だったら源氏物語はラノベなのか?」
「……百回は聞いたような論法ね。あれは言わずと知れた名作文学。ラノベじゃないわ」
「ほれみろ」
「それなら……クサい言い回しやくどい説明台詞、さらに効果音でいっぱいの『漫画をそのまま文字にしました!』みたいなのがラノベ!」
「くろろ、山田悠介読んだことある?」
「…………くううう」
──はい、論破。やれやれ、敗北を知りたいね。
ようやく冷静さを取り戻した俺は、奴からノートをとり上げて机の引き出しに突っ込んだ。
「ていうかなんだよ。仮に俺が書いているのがラノベだったとして、どこか不都合があるのか? 関係ないだろうが」
「不都合っていうか……バーチャルYouTuberです、って言われてにじさんじが出てきたらビックリするじゃない? それと一緒、みたいな」
「いいじゃないか、にじさんじ」
「だから別に悪くはないって。ラノベも立派だって言ってるでしょうが」
「にじさんじはどうなんだよ?」
「なんでそこにこだわってんのよ……気持ち悪い」
お前がそんな例え話をするからだ。
「とにかく、尚斗の作品を批判する気は一切ないから……。気を悪くしたなら謝る。ごめんなさい」
「えっ、いや……俺も別に本気で……そういうワケじゃ」
「ただちょっと『うわ』って。『涼宮ハルヒとか好きなんだろうな』って」
「……二言ほど多いんだよ、お前は! ホントむかつくな」
「でも図星でしょ? 長門とか好きそうなタイプよね」
「えっ、ながっ、いや……長門は……」
「ほらー! わっかりやすい性格してて可愛い〜」
「ちがっ! アレだよ、俺はメタファーとしての長門が…………」
……なあ。青春って、なんだっけ?
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