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おねだり交渉術。
お互いの良いところ、悪いところ、恥ずかしい黒歴史……色々なことが分かりはじめ、俺たちは“ソウルメイト”なんて言うと少々クサいかもしれないが、間違いなく気の置けない友人同士となっていた。
「ね、尚斗。今度の土曜にコスイベがあるんだけど……」
コスイベ、というのは……うん。おそらく“コスプレイベント”のことだろうな。
「へえ」
「……なにその反応。尚斗、来てくれないの?」
「はあ? なんで?」
思わず心の声が口からそのまま漏れ出る。これも信頼の証なのさ、きっとな。
「なんで、って。私たち、ほら。なんでも分かり合いたいじゃない?」
「べっつにー? こんな九月も半ばの北海道でわざわざ肌を晒しに遠征するのはご勝手に、って感じだけど……俺を巻き込まないでほしいな」
「……いじわる」
上目遣いで俺を見上げる。それはちょっとズルいぞ。
「わかった。話だけでも聞いてみよう」
「おおっ、釣れたな単純ヤロー」
ちっ。やられた。こいつにツボや好みをバカ正直にさらけ出すのは失敗だったな……。
「そもそもさ、北海道でコスイベなんて珍しいと思わない?」
「んー。その界隈は詳しくないけど、たしかにこんな田舎でよくやるよな」
そう言うと、くろろがわざとらしいニヤケ顔で舌を鳴らし、指を振る。
「……チッチッチ。甘い! 甘いわ!」
そのうち炎の生命探知機とか作り出しそうだな、こいつ。
「実は色々やってんのよねー」
自分から『珍しいと思わない?』なんて振っておいて、完全なる誘導尋問である。
「私が今度参加するのは“アニパ系”なんだけど」
「専門用語で言われてもわかんないでーす」
「アニパはO市で開催されてるイベントで……まあ、今回はS市内の類似イベなんだけどね。だからそこは安心して」
「なんで同伴する前提なんだよ」
「せっかく必殺・上目遣いで釣り上げた獲物をリリースしてあげるほど、私は優しくないのよ」
獲物扱いかよ、俺は……。
「……で、そのアニパがどうしたって?」
「そうやってなんだかんだ聞いてくれるところ、大好き」
ああ。そう。
「くっ。いまのはドキッとしなかったか……クソ」
「お前の安い釣りに何度も引っかかってやるほど俺も優しくないんです」
「ふん……で、アニパの話ね。簡単に言えば同人誌の販売よりコスプレメインのイベント、って感じかな?」
「なにがメインとかあるんだな」
「うん。やっぱりコスプレと同人誌っていうのは切っても切れない関係だと思うんだけど……イベントによって比率は違うよ。本家アニパはO市の観光とかグルメが好評だし」
「なるほどねえ。くろろにはあんまり同人誌とか……関わってほしくないけど」
「えっ、もしかして妬いてくれてる? 妬いちゃった?」
「ちょっとだけ、な……」
「…………マ、マジに?」
くろろの顔がほんのり赤くなったのがわかる。俺はこの瞬間を待ち望んでいたのだ。
「よっしゃぁぁあああ! はい、釣られたー! 単純女ぁあ!」
「はっ!? えっ、なに? 会話の流れでやるのズルくない?」
「言い訳ばっかりしやがって! お前の負けだよ〜ん!」
「……はあ。バカだなぁ。マジ超バカ」
「急に冷めるなよ、恥ずかしいだろうが。実際、嫉妬するのはマジだしさ」
「そこは……まあ、大丈夫だよ。同人誌ってそういうのばっかりじゃないし。私、即売会は参加しないから」
「でもほら、カメコってのもいるんだろ?」
「……私たちは無条件にちやほやしてもらえる、カメコさんは合法的に若い女の子の写真が撮れる。どっちも気持ちよくなれて、私はいいと思うけどな」
「うーん……わからん」
俺には到底、理解できない世界のようである。
「だからこそ尚斗にも来てほしいの。実際に見てみないとわからないことだってあると思うし」
「いや、でも」
「……それに、なにかあったら困るし……守ってほしいなぁ」
ちょっ、それはさすがに……ヤバい……!
「──はい、私の逆転勝ち。ねっ?」
そう言って微笑むくろろは、反則級に魅力的であった。
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