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Welcome to Underground
目的の駅を出て少し歩くと、数分もしないうちに大通りを埋め尽くす仮装行列が視界の端に映り込んできた。
「おお、こりゃまたすごいな……」
「こんなので驚いていたら、命がいくつあっても足りないわよ」
別に命は懸けていないが。
「あっ! そうだ!」
くろろが急に動きを止め、くるりと回って踵を返す。
そして俺の手からバッグを奪い──まさかの全力疾走!
「私、ロッカーの確保してくるからちょっと待っててね」
そう言い残して走り去る背中に、俺は黙って手を振った。
さてさて。いまのうちに少しゆっくりしようかな──なんて思っていたのだが。
「……あの、お一人ですか? ここ、参加されるんですよね?」
見知らぬ少女Aにいきなり声をかけられた。
「え?」
新手のナンパ? 突然の事案に俺は困惑する。
──と、そこに。
「……ああ、この人はそういうのじゃないんで。ただの同伴です」
数メートル先から猛ダッシュでやってきたくろろが、俺と彼女の間に割って入る。
「あっ、ああ、同伴さん! 失礼しましたぁ」
少女Aはそれだけ言うと、人混みの中に消えてしまった。
「…………なんだったんだ、いまの?」
「こういうイベントに参加しているソロのレイヤーは、いまみたいに一人でいる男に声をかけたりするの」
「なんでまた」
「専属カメラマン様を見つけるために決まってるでしょ」
いや、決まってはいないだろう、別に。
「……ここではね、脚と胸だしてパンツ見せておけば、ある程度のルックス以上なら囲ってもらえるの。でも結局それって、カメコさんが撮りたいものじゃない? “自分が撮ってほしいもの”っていうのは、なかなか難しいのよね」
「ああ、なるほど」
「このアングルで撮ってほしいとか、ここはちょっとホクロが目立つから……とか、色々あるのよ。女の子だし」
「くろろもそういう風に思ったり……」
「──しない。全然!」
俺の質問は食い気味に、コンマ数秒で否定される。
「コスプレなんかみんな、承認欲求か自己顕示欲、もしくはその両方を満たすためだけにやってるワケでしょ?」
「言い切るな」
「うん。これは断言できる。もちろん私もそうだし」
「へえ……ちなみに、どっち?」
「どっちも。だから……ちょっと前に尚斗が、私たちみたいな人間のことを“負け犬”って例えていたけど、レイヤーには『撮ってもらえるだけでありがたい』っていう気持ちがあってこそ、だと思うのね」
わかるような、わからないような。
「囲ってくれる、ちやほやしてくれる……餌をもらえるだけ上等、ってやつかな。そこで『高級ドッグフードがいいわ』なんて注文をつけるのはおこがましい、って感覚?」
たかがコスプレ、と思っていたが……色々と考えているんだな。自分なりに。
「──つまり! こういうことを趣味でやっている以上、道化になる覚悟はできてる、ってこと。それができないうちは二流よ」
さすが、一流は言うことが違うねえ。とは、茶化す気になれない。
「もちろん、女の子から声をかけてくるのは逆ナン目的の場合もあるけどね」
「コスプレイヤーってそんなに積極的なのかよ」
「だってこんなの、大規模オフ会みたいなものでしょ? オセロ同好会って言って数千人レベルで集まるイベントが全国各地、頻繁にある? 同じ趣味の人と関われるチャンスが身近にあるなら、絶対に逃したくないじゃない」
「意外に肉食なんだな……」
「それを知って、コスプレなんて興味もないのに擦り寄ってくるような男もいるけど」
「そういうのってどこにでもいるよな……くろろ、引っかかるなよ」
「大丈夫。私、そういうくだらない男は大っ嫌いだから」
あらあら、そいつは安心だね。
「あっ、でも勘違いしないで。コスプレ男子は大歓迎だから! やっぱり“男の子がやってこそ”っていうコスプレもあるのよね」
「それはなんとなくわかるな」
くろろのコスプレ談義はその後もしばらく続くのだが……需要がなさそうなので、ここでは割愛させていただこう。
「よし、ぼちぼち回ってみるか?」
三十分ほどの時間が経ち、まだ受付さえ終えていないことに気が付いた俺たちは、ようやくその重い腰を上げた。
「うん……じゃあ、はい。尚斗はこれね」
なにやら真っ黒のコートを手渡されたが……なんだこれ。
「……伊噴さん? えーっと?」
「あ、それ、尚斗の衣装。闇のスナイパーをイメージしてみたんだけど」
いやいやいやいやいや。
「着ないぞ、こんなの」
「もしかして嫌だった? 新撰組のコスもあるけど……」
「種類の問題じゃねえよ」
くろろは硬直し、とてもユニークなお顔をしていらっしゃる。本気で俺が着るとでも思っていたのか?
「え、だって同伴……してくれるんだよね?」
「うん」
「参加料、二千円だよ?」
「仕方ない」
「じゃあコスプレ……」
「しません」
「くうっ……楽しんでも二千円、楽しまなくても二千円! だったら! ほら!」
「絶対にイヤですー」
「もぉぉぉおおお」
わがまま女が駄々をこねながらボストンバッグを振り回している。この二着さえなければ、そのバッグももう少し軽量化できただろうな……。
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