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本当は。
「ひとつ、疑問があるんだけど……」
「なに?」
「なんだってこんなものに二千円も払わなきゃいけないんだ?」
首からぶら下がるネームホルダーを中指で弾きながら愚痴をこぼす。
「そりゃあ、イベント参加の証明になるんだから。しょうがないでしょ?」
「いや、そもそもさ。アニメの服を着て街を歩くだけだろ? それくらい好きにさせてくれ、って思わないか」
「……バカね。ここは北海道なの。秋葉じゃないのよ? こんな格好で外を歩いていたら、ただのアホか変態じゃない」
ゴスロリ姿でご帰宅なすったお前が言うかね。
「私たちレイヤーは“街中でコスプレする権利”を買ってるワケ。こんなの安いわよ」
「俺は損しかしていない気がするけど……」
「だから着ればよかったじゃん、新撰組」
「誰が着るか!」
コスプレイヤーってのはアレだな、肩身が狭いんだな……。その反動なのか? ここにいる奴らはみんな、活き活きした顔をしてやがる。
「それにね。このネームホルダーにも、キチンと使い道があるのよ」
そう言うとくろろは、その中から紙切れの束を取り出した。
「え?」
「……これ、名刺。尚斗にも一枚あげようか?」
「いや、要らないけど……」
「もらってよ、そこは!」
仕方がないので受け取っておくことにするが……おそらく、ガムの包み紙にでもなるだろう。
「ここに自分の写真だったり、アーカイブとかツイッターのアカウントだったり、好きなアニメやコスのジャンルを書いて他の参加者と交換するの」
「コスプレイヤーはなんだ、名刺交換までするのかよ」
「当たり前よ。営業、営業の世界だからね」
「営業って……どういうタイミングで使うんだ?」
「気になる子にツーショットのお願いをするとき、挨拶がわりに渡したりとか……カメコさんに義理であげたりもするし、やりはじめの頃はとにかく売名目的で手当たり次第に配る感じかなあ」
「へえ。で、相手も返してくれて……みたいな?」
「そうそう。そこで知り合いや友達ができることもあるし。帰りの電車でフォロワーが増えたりするとテンション上がるわよ、やっぱり」
「名刺そのものというよりは、繋がりがメインなんだな」
「うーん、でも、そんなこともないわよ。みんなそれぞれデザインに個性あるし……わざわざ名刺入れにコレクションしてる子なんかもいるくらい。ほら、男ってカード集めとか好きじゃない? 案外、尚斗もハマるかもね」
「……そういうの、ちょっと弱いな。たしかに収集グセあるし」
少しばかりコスプレイヤーの交流文化に興味が出てきた自分が悔しい。
「おっ、もうひと押しってところ? プリクラ交換みたいで楽しいわよー」
「……例えが古いし、俺もお前も世代じゃないだろうが」
「うるっさいなあ」
拗ねたくろろが、俺のおでこにピンと自分の名刺を貼り付ける。わしゃキョンシーか。
「尚斗も名刺集め、はじめてみたら? そしてその最初の相手は……他の誰でもない、この私! さっきのと合わせて二枚もあげたんだからね。お返しはすっごいの期待してるから」
なぜそんな理不尽なアンティルールが強行されているんだ。くろろ様の名刺はそんなに高レートなのか、ええ?
そしてその“はじめて”宣言も無性に腹が立つな。いますぐ泥水で口をすすぎたい気分だぜ。
なんて──心の中で悪態をつくのも、チラチラと『強く言い過ぎたかな?』という顔でこちらを見上げてくる目の前の女にバツが悪い。そろそろ俺の本音を言ってやろう。
「ああ考えておくよ。そんなことよりさ……」
俺は最初から……本当のお前に出会ったあの日から、こうして一緒にバカをやるのが夢だったんだ。
だからな。お前が笑ってくれるなら、俺は悪にでも、コスプレイヤーにでもなってやるよ、こんちくしょう。
「──やっぱり…………さっきの衣装、貸してくれないか?」
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