どうするの?

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どうするの?

「漫画家を目指すなら……持ち込みのことも考えないとね」  私がそう呟くと、えるが“待ってました”といわんばかりの表情でスマホのロックを手早く解除し、その画面をこちらへ向ける。 「……実は、リサーチ済みです!」  上半分に薄くヒビの入ったディスプレイには、『月刊アスバ』の文字があった。 「うわ……まだ使ってたんだ、それ」 「そうじゃなくて!」  ヒビをなぞるようにトントンと画面を叩く。 「月刊アスバはね、2年前に創刊されたばかりの雑誌なんだって」 「たったの2年?」 「そっ。このご時世に珍しいよね。ここなら──常時持ち込み大歓迎〜!」  この子は昔から、こういう情報(こと)だけは嗅ぎつけるのが早い。 「しかも作品も少なくてさ……これ笑えるんだけど、雑誌の半分近くがグラビアとアヤシイ広告なんだって」 「……それもう実質、エロ本じゃん」 「ヤバい。それはヤバい。……でも、チャンスじゃない? つまりアスバなら、連載ゲットも夢じゃないってこと!」  えるがキラキラと目を輝かせ、右手で力強くスマホを握りしめる。画面……下半分も割れないといいけど……。  新興月刊誌『アスバ』での読み切り掲載を目標に、えるの住むアパートで早速ネームに取り掛かった私たちだったのだが──。 「もうダメだぁぁぁああああ」  ふたりなら面白い作品が描ける……そんな、ある種の確信に近い夢と希望は、意外にもあっさりと崩れ落ちようとしていた。 「穂花、キャラデザ直ってないじゃん! 私のイメージと全然違う!」 「はあ? えるのネームじゃそんな細かいところまでわかんないし!」  一緒に漫画を描くようになってから、えるとは喧嘩ばかりしている。お互いの意見がなかなか一致せず、ことあるごとに衝突してしまうのだ。 「……こんなことなら、漫画なんてやらなきゃよかったのかな……」 「それは言わない約束でしょ」  溜息を()く彼女をそっと抱きしめる。  私だって、何度同じことを考えただろう。パートナーではなく、友達同士でいたかった──。  だけど、それはできない。あの日から私とえるは、運命共同体になったのだ。 「ごめん……。ちょっと、休憩しよっか……」  約3日間、祝日含む連休を丸ごとネーム作成に捧げた私たちは、心身ともに限界を迎えていた。これではお互い、余裕がなくなるのも当然である。 「……穂花さあ。なんで髪、染めちゃったの?」 「えっ……ダメ?」  唐突な質問に思わず噴き出す。 「可愛いけど……大学生、って感じ」 「大学生だもん」 「モテるでしょ? 彼氏いるの?」 「いないって。漫研の人たちってほら、髪染めてる女子とか嫌いっぽいし」 「うわっ偏見」  たまにこういう何気ない会話をするのが一番楽しい。 「えるはずっと髪型変わんないね。黒のローポニー」 「うん。中学のときに穂花が可愛いって言ってくれたから」 「……そういうこと、よく真顔で言えるよね……」  自分で顔が赤くなるのがわかる。 「ていうか…………える、?」 「ちがうわ、バカ!」 「あはははは……」 ──ずっと、こんな時間が続けばいいと思った。  あれから私たちは、大きな決断を下すこととなる。  これまで“勇者が伝説の秘宝を求めて旅に出る”という骨太なファンタジー漫画を軸にネームを描き進めていたところを、思い切ってギャグに振り切ってしまおう……というものだ。  理由はふたつ。私の絵柄やタッチ、『アスバ』連載陣との“ジャンル被り”を考慮したうえで、やはりこのテーマでは厳しいだろう……ということ。そしてもうひとつ、ストーリー漫画は“30ページ以上”での持ち込みが義務付けられているのに対し、ギャグ漫画だとその半分近い18ページから選考に参加できるということ──である。  そうと決まってからは驚くほどスムーズに作業が進み、難なく原稿を書き上げることができた。  タイトルは『賢者とすぐ死ぬ勇者さま』。死者を蘇生させるアイテム“賢者の石”を作り上げることに成功した少女が石の力で勇者をよみがえらせ、消耗品のように戦わせては回復……戦わせては回復……をくり返していく、という抱腹絶倒不条理ギャグだ。  私は本当なら、いますぐにでもアスバの特設応募ファームに作品を投稿したいところなのだが……“直接本社まで持ち込みに行きたい”という、えるたっての希望もあり──大学の冬季休業期間中にふたりで東京まで行くことになっているので、そこは仕方がない。我慢するとしよう。  そして、12月──。
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