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はじめの一歩。
「緊張するぅぅう……」
月刊誌『アスバ』を刊行する、大手出版社『一栄館』。東京都S区の一等地に構えられた本社ビルの前で、私たちは20分以上も立ち尽くしていた。
「える、行こう? そろそろ通報されるって」
「でもぉ……無理! 無理無理っ!」
まったく。……自分から“持ち込みしたい”と言っておいてこれなのだから、本当に世話が焼ける。
アポの時間まで──あと10分。もう限界だ。
「いいから早くっ! 急げバカッ!」
ぐずるえるをエントランスまで強制連行。これにて任務完了。
「待って、待って! まだ心の準備がぁぁあああ…………」
──15分後。
「お待たせしました。アスバの倉井です」
受付を済ませブースで待機していた私たちの前に、長身の男性が現れた。
倉井 嶋太。月刊『アスバ』の副編集長──と、手渡された名刺にそう書かれている。
「……副編集長みたいな人が、わざわざ新人の原稿を読んでくださるんですか?」
「ウチは立ち上げたばかりだし、編集者も少なくてね……。編集長でも担当を持っているくらいでさ」
「へえ……」
「それじゃあ、原稿もらっていい?」
えるが震える手で茶封筒を差し出す。これで私たちの運命が決まるんだ……!
「──うん。うん。いいんじゃない? じゃあこれ、来月号に載るから」
「…………はあっ!?」
「いま……なんて……?」
聞き間違い? えるも私も、出されたコーヒーのカップを手に持ったまま硬直してしまう。
「え。だから、来月号に『勇者さま』が載ります」
「いやいやいやいや! そんな……全然、感慨とかないんですけど……」
「ま、いいじゃない。……そんなことより君たちさ、わざわざ北海道からここまで来たんでしょ? こっちに出てくる予定は?」
急展開すぎて、色々と考えが追い付かない……けど。
これから本気で漫画家を目指すなら、地元を離れることも真剣に視野に入れなければならないことはたしかだ。
「──あ。それがですね、こっちの子が大学生でして。最低でも、あと1年は向こうに残るつもりです」
口ごもる私に代わって、えるがとっさにフォローを入れてくれた。彼女にしてみれば千載一遇のチャンスをみすみす棒に振るようなものなのに……。
「それは残念だなあ。でもいまの時代、ファックスでもなんでもやりようがあるからさ。また機会があれば、連絡してもいいかな」
「……はいっ! よろしくお願いしますっ!」
こうして──私たちの第一目標は、思わぬおまけ付きであっさりと叶えられてしまったのであった…………。
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