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夢の扉の先。
ツグタ荘での新生活開始から1週間。
以前より東京進出に向けて少しずつ連載用のネームを書き溜め、3話までを形にして温めていた私たちは、今日の午後──満を持して倉井さんにその原稿を見てもらうことになった。
「おっ、雨来先生に小潮先生! ようこそいらっしゃいました」
約束の時間。彼が軽口を言いながら手を振るので、こちらも同じように返す。
「いよいよこっちで勝負かあ」
「はい。それで今日は、連載を意識した設定の作品を……」
受付フロントに隣接された“簡易ブース”の前に長蛇の列を作っている漫画家志望の青少年たちを横目にして、私とえるは倉井さんのエスコートでそのまま奥の応接室へ通される。こう言うと嫌な女だと思われるかもしれないが、やはりこの待遇には多少なりとも優越感を覚えてしまうものだ。
目の前にドアが見えてくる。これから私たちは、その光り輝く未来への扉を──
「さて、と」
ガチャリ。部屋に入るなり鍵をかけられ、いきなり腰に手を回される。
「えっ…………?」
予想外の展開に思考は完全停止中。なにがなんだかわからない。
「──ちょっとちょっと、なんのために俺が応接室セッティングしたと思ってんの?」
至近距離まで顔を近づけられたえるがひっと、か細い声を出す。
「あの、倉井さん……? 私たちは原稿を──」
「どうでもいいんだよ、そんなモン! くっだらねえ!」
彼の態度が豹変。激しく叩きつけられた茶封筒が地面を跳ねて、原稿用紙が床一面に飛び散る。私たちの血と、涙と、努力の結晶、が──。
「お前たちのこと、はじめて見たときから可愛いと思ってたんだ! あれから1年……これだけ待ったんだから、ご褒美は期待していいよなあ?」
「あ……あぁ……」
私たちは大馬鹿だ。あのとき……人生初の持ち込みにもかかわらず、その場で即座に本誌掲載が決まり『こんなこともあるんだ』と、ふたりで浮かれきっていた。“運がいいな”とか、“でもやっぱりそれだけ面白いんだね”と勝手に納得して、その状況をなにひとつ疑おうとしていなかったのだ。
「でも……でも倉井さんは、私たちの漫画を『いいね』って……! 何度もアスバに載せてくれたじゃないですか……っ!」
えるはどこまでもピュアで、まっすぐだ。
泣きながら必死に原稿用紙をかき集める彼女は──あまりに痛々しく、いまの私にはとても直視できない。
「ド田舎娘はこれだからたまんねぇなあ。お前たちに夢を見せてやったんだよ、俺の権力を存分に使って……な」
「そんな…………」
ああ。現実はなんて無情で、醜いんだろう──。
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