再会。

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再会。

コミーじょ【コミ女】 漫画をこよなく愛する女性の総称。 また、漫画家を志す女性のこと。漫女。  私、雨来(うきて) 穂花(ほのか)は、北海道S市内のキャンパスに通う女子大生。所属サークルは『漫画・アニメ研究同好会』。中学、高校時代からの漫画好きが高じてここに入会した……のはいいのだけど……ときどき、趣味で描いた自作の漫画を部員に読ませると、その評価はさんざん。具体的には『絵がそこそこ上手いだけ』、『線は小綺麗でも魅力が皆無』、『話に内容や展開が見えない』と、とても辛辣だ。特に画力に関しては自信があっただけに、はじめはかなりのショックを受けた──が、たしかに……私の漫画はつまらない。  描きたいものも、伝えたいメッセージもなく、いままで見聞きした情報やシーンを切り貼りしているだけだからである。 ──ただ、こんな私の漫画でも『面白い』と言ってくれた人がいる。中学の頃の同級生だ。  なんのきっかけか、好きな漫画の話で盛り上がったのが彼女との最初の出会いだった……と思う。高校も同じところへ進学し、放課後はいつも漫画やアニメについて語り合った。彼女とはまさに気の置けない親友同士、だったのだが……高校を卒業してからは自然と疎遠になり、連絡も取らなくなってしまった。あの子はいま、元気にしているのだろうか?  そんなことを考えながら馴染みの書店の前で足を止めると、自動ドアがきぃきぃと古臭い音を立てて歓迎してくれる。今日ここにやって来たのは、資料調達が目的だ。……私だって自分の漫画がつまらないのは理解しているが、それに納得しているわけではない。面白くしようと思ってそうできるのならそれに越したことはないし、そのためならば努力だっていくらでもする。  プロになりたい──と思っている……わけでは、きっと、ない。身のほどは知っているつもりだし、私だってもう21。無難に就職先を探すのが、親にとっても、私にとっても幸せな道なのだ。ここでネタやアイデアを探すのは、私なりのプライド……それだけだ。 「──あっ、穂花!!」  ふいに現れた聞き覚えのある声に、私は本棚へ伸ばしていた手を止める。 「…………小潮ぉ!」  噂をすればなんとやら……彼女こそ、先ほど回想した中学時代の同級生──小潮(こしお) えるである。 「久しぶりじゃん。元気してた?」  彼女が当時と変わらない笑顔でこちらに走り寄ってくる。 「そっちこそ。……いまは?」 「んー。だらだらフリーターやってるよ」 「ホント、変わってないね……」  えるはいつもこうだ。なにを考えているのか全然わからなくて……だから守ってあげたくなる。そういう女の子。 「まだ卒業して3年くらいだし、大丈夫だって。それより穂花、まだ漫画は描いてるの?」 「……ま、まあ、一応。趣味でね」 「あっそうなんだ! それならちょうどいいや」  あ。この顔は……えるのは、嫌な予感が……。 「──ねっ。一緒にさ、漫画家やろうよっ!」  どうやら私の嫌な予感は、ズバリ的中したようである…………。 「あのさあ、小潮」 「あ。それ、懐かしいよね。小潮……ってやつ」  高校生の頃、一定以上に仲の良い女子生徒はお互いを苗字で呼び合う……というがあった。のだが。そんなこと、いまはどうでもいい。 「じゃなくて。なに? 漫画家って」 「ほらだって……穂花、絵、上手かったじゃん。まだ現役みたいだし」 「……いいこと教えようか? 私の漫画ね、サークル仲間にこう言われてんの。“クッッッソつまんない“って」 「ツは何個?」 「3個」 「相当だね……」 「相当でしょ?」  言っていて、自分で悲しくなってくる。 「……でもそこは、私がいるからさ」  出た。えるの悪い癖。 「私がアイデア担当で、穂花が執筆! これ、最強でしょ」  学生時代から度々、えるは『バンドをやろう』だの『ゲームを作ろう』だのと言いだしては『私はボーカルね』とか『シナリオは任せて』と、楽な方、楽な方へと行きたがった。ギターやドラムは無理だけど、ボーカルくらいなら……そういう思いがあったのだろう。私は当時から、えるのそういうところだけは好きになれなかったのだ。  ただアイデアを出すだけの仕事……そんなに楽なものはない。それがわからない限り、この子はこれからもずっと、いまのまま変われないと思う。 「ごめん、える。せっかく久しぶりに会えたけど……もう、行かなきゃ」 「え…………あっ、ライン変わった?」 「ううん。そのまま」 「じゃあまた連絡するね? 今度、遊び行こうよ」  えるが少しだけ、寂しそうな顔をする。 「うん。絶対行こう、『エフカ』とか」  私の方から以前よく通ったカフェの名前を出すと、またパッと元の明るい表情に戻る。これだからえるは憎めない。  その日の夜──書店ではなんとなく気まずい雰囲気のままその場を離れた私たちであったが、ライン通話でくだらない雑談をしているうち、すっかり昔のふたりに戻っていた。恋に、漫画に……色々な話をして、次の日曜日に遊ぶ約束もした。  また、えるに会える日が楽しみだ。……あ、ダジャレじゃないのよ。  馴染みのカフェ『エフカ』に着くと、私たちがいつも決まってに座っていた“特等席”には、すでにえるの姿があった。 「お待たせ」 「ううん。それより、これ」  彼女の指さす先を見ると、エフカの小さな丸テーブルの上に数冊のノートが並べられていた。 「なに、これ?」 「ん。ネーム」  ネーム──いわゆる、“漫画の下書き“。設計図のようなものだ。 「この前のあれ……本気だったの?」  思わずあきれた声が出る。 「本気だよ! マジと書いて、本気」 「いや。逆でしょ……」  外は寒い。まだ10月だが、北海道では冬同然の季節だ。  私はコートを椅子の背もたれに着せ、そのままそこに座る。えるのちょうど手前の席だ。 「とりあえず読んでみて」  彼女に促されるまま、机に置かれたノートの中から一冊、適当なものを選んでページをめくる。期待はしていない。期待はしていなかった……のだが。 「……面白い」  手が止まらない。どんどん続きが読みたくなる。早く先の展開が知りたい。もっとこの物語に浸りたい……。 「面白い、面白いよ、これ!」  結局──私がすべてのノートを読み終えるのに、それほどの時間は要さなかった。 「……これ、全部えるが描いたの?」 「うん。まあ、うん」  天才だ。素直にそう思った。 「私……昔からさ、こういうの考えるのは好きだったんだけど」  えるが恥ずかしそうに口を開く。 「絵、描けないし……歌でもなんでもそうだけど、中途半端なんだよね」 「そんなことない! えるの漫画すごいよ!」  思わずムキになって……気が付いた。  えるは他力本願の、“自分は特別なんだ“と言いながら、なにもしない、できない人たちとは違う。類稀な才能を持ちながら、それを表現する“手段”を持っていなかっただけなのだ。そんなえるを私は、ただのと、いままで相手にもしなかったのだ。 「ねえ、える……。もしかしたら、本気で漫画家……やれるかも……」 「え……?」 「やろうよ、漫画! 私たちが組んだら最強だよ!」  ずいぶんと調子がいいと思われるかもしれない。  ただ、私たちはどちらも、ひとりではまともに戦えないのだ。 「穂花……」  えると一緒なら、面白いものが作れる。  どうしてもわからなかった“本当に描きたかったもの”に気が付くことができる。  そしてなにより、自分の気持ちに嘘を()かず、胸を張って『漫画家になりたい』と言える。 「よっしゃ、やるぞーーーっ!」  こうして……私たち“コミ女”の、長い長い……戦いの幕が上がったのである──。
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