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脚のない影を待っている(大我×御幸)
西側の窓から射し込む陽の強さに、思わず目を細めた。休日だからとゆっくりし過ぎたのか、気が付けばカーペットの上で眠ってしまっていたらしい。少し体が痛い。
首を回しながら上体を起こし、ぼうっと部屋を眺める。西陽の射すテーブルの上で、写真立てが影を伸ばしている。あの写真立てに入っているのは一番大切にしている写真だ。あのまま陽に当てていては色褪せてしまう。
ゆっくりと立ち上がり、そのまま写真立ての方へ歩み寄る。写真立ての中に収まっている彼とはもう、視線が合うことも、頭上から視線を注がれることも無い。
「ごめんね御幸くん、眩しかったよね」
写真立てを拾い上げ、その中に収められている写真の中で笑う彼をガラス越しに撫でる。笑うと涙袋が目立つ彼の笑顔が好きだ。写真の中の御幸くんは二年前の姿で、いつでも変わらない笑顔を俺に向けてくれる。写真だから、俺相手でなくともそのキラキラした笑顔を向けてしまうのが難点なのだけれど。
「御幸くんがいない休日は困るね。いつもなら御幸くんのお見舞いに行くとか、一緒にデートするとか、やることがあったのにさ。もう部屋の掃除くらいしかやることないんだもん」
俺が一つ話しかければ、二つ三つと言葉を返してくれていた御幸くんは写真の中でニコニコキラキラ笑うばかりで何も言ってくれない。笑顔ばかりが眩しくて少し嫌になる。俺、御幸くんの笑顔は大好きな筈なのに。
「もっと早くに病気してること、教えてくれたら良かったのに。そしたら俺だって、もう少し御幸くんの体、気遣ったのにさ。余命宣告されて、そこで初めて俺に言うなんて酷いよ」
——だぁって大我、絶対必要以上に気遣っちゃうでしょ。俺は大我と、普通の恋人らしいことがしたかったの。
いつか俺が、御幸くんに病気のことを隠されていたことを怒った時、御幸くんは眉をこれでもかと下げてそう言った。ちょっと細い御幸くんの目が、寂しそうに俺を見ていたことを覚えている。御幸くんはいつでも可愛くて、愛おしいなぁ大切にしたいなぁって思わせてくれる人だったけれど、あの時ばかりは御幸くんのことを狡いと思った。だって御幸くんにそう言われたら、俺はもう何も言えなくなってしまう。
結局、病状が悪化して御幸くんは宣告された余命よりも早くに亡くなった。最期の方の御幸くんは病気で苦しそうだったけど、それでも俺といると幸せそうに笑ってくれたのが救いだった。
最期に、「たいががいてくれて、よかったなぁ。おれのかわいいたいが、なくな」なんて口にして笑ってくれたことは、きっと一生忘れられないと思う。ううん、絶対に忘れない。死の間際まで、絶対に忘れてやるもんか。
「でもね、やっぱり恨むよ。もっと早く入院してたら、少しは長生きできたかもしれないじゃん。ギリギリまで普通に生きることが御幸くんが望んだことだったとしても、俺は御幸くんに生きてて欲しかったから」
二年前の御幸くんは、活力溢れる笑顔を俺に向けてくれる。最期の方の御幸くんとは大違いだ。最期の方の彼は、元々細かった体をさらに細くさせて、見るからに病人然としていたから。
あぁ、それでも俺を見る目だけはずっと変わらなかったっけ。
どんな姿になっても俺の事を好きだと言ってくれる、俺の大好きな御幸くん。俺の名前を呼ぶ声が弱々しくなっても、俺の手を握り返す掌に殆ど力がなくなっても、お喋りだった口が回りづらくなっても、
「御幸くんがそこに居てくれたら、それで良かったのになぁ……」
なんとか絞り出したような声が、ぽとりと御幸くんの笑顔の上に落ちる。
今の俺を見たら、御幸くんはなんて言うかな。情けないって笑い飛ばしてほしいけれど、きっと御幸くんは申し訳なさそうに眉を下げるんだろうな。
西陽がもう殆ど落ちかかっていた。空が紫を帯びている。じきに夜がくる。御幸くんのいない、夜がくる。
夜になったら、御幸くんが化けて出てくれたらいいのに。そしたら俺は喜んで夜を待つのにな。
「あ、でも幽霊って脚がないんだっけ。折角御幸くん長い脚してたのに、それがないなんて勿体ないね」
写真の中の御幸くんは薄暗くなった部屋の中、それでも変わらずキラキラと笑っていた。
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