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星が綺麗な夜の話(斗真×祐介)
星がよく見える、良い夜だった。
雲一つない夜空には、チラチラと粉砂糖のように星がちりばめられている。あまり視力の良くない俺には、一つ一つの星の美しさというのはあまり分からないが、隣で夜空を見上げている男にはさぞかし美しい星が見えているに違いない。なにせ、男の視力は両目とも2.0なのだから。
「やっぱり、町の明かりがないだけで星の見え方が随分変わりますね」
「そう?なら良かった。友達に天体観測の穴場聞いて回った甲斐があるってもんよ」
ジィッと夜空を見上げたままでそう口にした男の声は弾んでいて、それが本心からの言葉であることがわかる。
そんなにも良いものが見られるものなら、眼鏡のひとつでも持ってくるんだったと早くも後悔し始めたところだった。まぁ、どうせ見るなら星よりも隣で嬉しそうにしている男の横顔だ。白い頬に薄っすら赤が差しているあたり、よほど星の美しさに嬉々としているらしい。腕を伸ばせば届く距離にいる男の顔は、眼鏡なんてなくてもよく見える。
ずっと見上げっぱなしでは首も痛かろうと気を利かせて地面にレジャーシートをひいてやる。寝転がりな、とシートを軽く叩けば男は「ありがとうございます」と少し気恥ずかしそうにしつつゴロリと寝転がった。
「そんなに星、好きだったの」
「そうですね、好きです。簡単に変わらないから、好きです」
「うーん、お前が言うと説得力があるねぇ」
俺も同じように男の隣に寝転がる。レジャーシートをひいたとはいえ、寝心地はあまりよくはない。シート越しに背中に小石が当たっているのがわかる。圧力の関係で地味に痛い。
俺は持ってきていた大きめのリュックから小さめのタオルケットを引っ張り出すと、男の背中にあたる部分に敷いてやった。
「お気遣いは嬉しいんですけど、過保護すぎやしませんか?」
「過保護で結構。大事にさせてよ」
「……じゃあ、大事にされます」
シート越しの小石が背中にめり込むからといってわざわざここまでしてやる必要はないことは俺だってわかっている。だけど、恋人というだけで大事にしてやりたくなるのだ。いつか置いて逝ってしまうことが決まっているなら、なおのこと。
まだ出会って数年でしかないから、実感はない。だけれど隣に寝転がる男は俺よりもずっと長寿だという。
俺がおっさんになって老いさらばえてしまったとしても、きっと隣に寝転がる男にはしわの一つすら刻まれないのだろう。そうして俺が死んで数十年も経てば、俺が隣にいた痕跡すら消えてしまうに違いない。その頃には、男の顔にしわの一つでも増えてくれやしないだろうか。……そうしたら、そのしわとともに俺の存在を記憶に刻んでほしい、だなんて女々しいだろうか。
「貴方と星を見に来れてよかった」
「本当に上機嫌ね。……俺もお前と来られて良かった。そんなに喜んでくれるとは思ってなかったし」
星を見上げる男の嬉しそうな顔を見られた。それだけで俺にとっては十分満足のいくデートだった。きっとイルミネーションや夜景では、こいつのこんな嬉しそうな顔は引き出せなかっただろうから。
男が夜空に向かって両腕を伸ばしながら、掴めぬ星を掴むようにバラバラと指を折る。そうしてようやく、夜空から目を離して俺のほうを向いた。日本人にしては淡い色味の虹彩が美しくって、つい見とれてしまうのはもはや癖だ。
「星は簡単に変わらない。それってね、斗真さん。星を見上げればいつだって貴方と過ごした今日のことを思い出せるってことなんです。百年先だって、見上げれば星はそこにあるでしょう?……だから星は好きなんです」
ゆっくりとそう口にして、男は微笑んだ。細められた目から覗く淡い色の中、下手くそに笑う俺が小さく映り込んでいた。
百年先なんて、口にするのは簡単だけれど、実際に過ごすには長すぎる時間だ。いや、俺にとっては長すぎるだけで、男からすれば一瞬なのかもしれない。だけれどそんなのは些細なことで、大切なのは百年先も男が俺を想い続けてくれると口にして見せたことの方だ。
百年先、男の隣に俺はいないだろう。それでも男は星を見上げて俺を想ってくれる。今日のことを瞼の裏でなぞる。その姿を想うと、男のことを心底愛おしく思うと同時に、いつか置いて先立って逝く己が恨めしくて仕方がない。
「祐介」
男の名を呼ぶ。髪の合間に指を滑りこませて男の頭を胸元に寄せる。わざわざ敷いてやったタオルケットの上から動かすなんて、と心のどこかで思いつつも抱き寄せずにはいられなかった。
来世は星に生まれたい。男が生きるよりもうんと長い時間を、空から見守るようにして生きられたら。
そんなことを考えながら、男の短い髪を指で梳いた。
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