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たられば(吉宗×伊織)
「まぁ、例えばさ。『どちらかが死なないと出られない部屋』みたいなのに入れられたとするじゃん?」
「なにその部屋」
「知らん。祈織の読んでた小説に出てきてた。……いやまぁ、それはいいんだけどさ、そういう部屋に入れられたとするじゃん?」
「うん」
そう、例えば。そういう極限状態に吉宗と二人、突然置かれたとして。
「そしたら俺は迷わず自分の首掻っ切ると思う」
「いや怖いんですけど」
すらりと、何のためらいもなく口にした言葉に吉宗が顔を青くする。頬を引きつらせて「そんな物騒な喩えじゃなくても、なんか他にあったでしょぉ?」と文句さえ言う始末だ。何だこの野郎、お前が「俺のことどれくらい好きなの?」だとかのたまうから話したというのに。
まぁ、確かに我ながら喩えが殺伐としすぎた気はする。昨日、妹が鼻をズビズビと鳴らしながら読んでいた小説を、横から盗み見た影響もあるだろう。
ちなみにその小説では、ヒーローとヒロインが深い葛藤の末にどちらも自死を図るとかいうなんとも言えないエンドを迎えていた。まぁ、ある種のハッピーエンドともとれるオチかもしれないが、少なくとも俺は好きじゃないオチだった。だって、どっちも死んだら相手を悼むことも、思い出すことも出来ないだろう。天国やら地獄やらが実在するとも分からんのに、再会にワンチャンかけて心中なんてやれるもんか。
「ちなみに、吉宗ならどうする?そういう部屋に閉じ込められたら」
「えぇ……そもそも前提が嫌なんだけど」
「いいから。まぁ入ってそういう情報が与えられて、その情報が確からしいとわかったとしてさ。お前はどうする?」
「俺は……」
ありもしない空想を真剣に考える吉宗の顔をじっと見つめる。長い睫毛が伏せられて、頬にうっすら影を落としていた。
ゆっくりと、形の良い唇が答えを紡ぐ。
「俺は、多分死のうとするお前を止めると思う。どうせ伊織は俺が泣いても死ぬのをやめないだろうから、せめて最後に時間が欲しいって言うかな。で、あわよくばその間に外から救援が来ないかなって」
「ワンチャンあるかもって?」
「なくはないだろ。少なくとも、ノータイムでお前を死なせて死に顔を呆然と見つめるよりは遥かにマシだと思う」
「それもそうか」
心中ワンチャンよりは、ずっとアリだな。
そう思いながら、投げ出された吉宗の手を取る。温かくて血の通った掌だ。それに指を一本一本絡めて手を握ってやると、吉宗は「ここ教室だぞ」と少し照れたように繋がれたままの手を少し引いた。そのまま隠そうにも、俺が握ってしまっているわけだけど。
「まぁ、俺はそれくらいお前が好きだって伝わればオールオッケーなんだけど」
「うん、伊織の愛が重いことは良く分かった。二度とその喩え口にすんな」
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