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傘がくる(斗真×祐介)
――あ、雨降ってきやがった。
大学での講義の途中、何気なく窓の外に視線をやるとじわじわと色を変えるアスファルトが目に入った。少しばかり目を凝らすと、灰色の線が空から落ちているのに気づいた。
講義ももう終盤。あと10分もすればいつも通り本時のまとめをして締められることだろう。今日はもうこれが最後のコマで、ゼミもない。しかし、バイトはあるのだ。まったくもってついてない。今日の降水確率は朝の天気予報じゃ4割だった筈なのに。
アンタのおかげで濡れてバイトに出勤ですよ、なんて朝のお天気キャスターのお姉さんに内心悪態をつきながら、講義に意識を戻す。少しばかり年のいった講師が、いつもどおり本時のまとめのスライドを提示するところだった。
傘もなければ、レインコートもない。ついでに言うなら、傘を貸してくれる用意周到な友人もいなかった。今しがた「俺も傘持ってない」と口にした友人は早々に講義室を後にした。時間は持て余しているらしいので、ゼミ室で雨が止むまで課題でもやるらしい。俺もバイトがなければそうしたんだけどなぁ……と重たい腰を上げる。待っていても傘がくるわけでもなし。大人しく濡れていくしかあるまい。
本日の空模様なみに気分がどんよりとしたところで、手元のスマホが振動した。メッセージを受信したらしい。バイト先の店長からだろうかと画面に視線を落とせば、そこには恋人の名前があった。
『傘持っていってませんよね?』
『時間あるので持っていきます。大学のどのあたりにいますか?』
「傘、来たじゃん……」
持つべきは、気の利く恋人である。本日仕事が休みである祐介は、俺が傘を持って行っていないことに気づいてくれたらしい。「今日はこの山を読破する勢いで行きます」と積み本を横に息巻いていたし、邪魔するのも悪いと思って連絡する気は全くなかったのだが有り難いことだ。
今いる棟の場所を大まかに伝え、講義室を後にする。外は相変わらずの雨模様であるが、気分は上々だった。祐介が来たら、一緒にバイト先まで行こう。読書に充てるはずだった時間をもらってしまうことを悪いとは思うが、アイツも嫌な顔はしないだろう。そうしたら、バイト先で新作のケーキをおごってやるのだ。甘党のアイツのことだから、きっと嬉しそうに頬を緩めるに違いない。
早くもケーキを前にする恋人の顔を想像して、俺は軽い足取りで玄関口へと続く階段を下りていくのだった。
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