1 お隣の黒川さん

2/48
前へ
/245ページ
次へ
 やがてその数日後、雪子はすぐにそのアパートに引越しした。今の彼女にとって、引越しは焦眉の急であったのだ。季節は八月上旬、引越し業者は暇な時期ということもあり、その手配は実にスムーズに行うことが出来た。 「ご利用ありがとうございます」  家具と段ボール箱の山を新居に運び終えると、引越し業者は彼女を一人その場に残して去って行った。  そこはやはり、不動産会社で確認したとおりの好立地の1DKのアパートだった。しかも二階であり、バストイレは別、室内に洗濯機を置くスペースもあり、ロフトと小さなベランダもついていた。これで家賃二万円とは、それ自体がもうオカルトである。 「魔よけのお札でも買ったほうがいいのかな……」  荷解きをしながら、雪子はやはり不安を抱かずにはいられなかった。  それに、これからの新生活についても不安は大いにあった。  赤城雪子、二十五歳、独身。体型、普通。容姿、たぶん人並み? 職業……無職。貯金はわずか十万円ちょっと。このがけっぷちのステータスに不安を感じない人間がいるはずはない。人として、社会人として、かなりアウトである。 「まあ、魔よけのお札よりまず先にバイト探しよね」  雪子は重くため息を漏らした。
/245ページ

最初のコメントを投稿しよう!

136人が本棚に入れています
本棚に追加