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というか、むしろ、感謝するべきなのはこっちのほうではないだろうか。
「あ、あの、黒川さん。今日は本当にありがとうございました」
雪子はそこで改めて黒川に深々と頭を下げた。
「黒川さんが今食べちゃった悪霊は、私が前に働いていたレストランで、お客として通ってきていた人なんです。でも、ある日から、突然私につきまとうようになってきて。私は何もしてないのに、彼の頭の中ではいつのまにか私が恋人ということになっていて。本当に困っていたんです。警察に相談して注意してもらっても、その人は私が恋人だと思い込んでいるから、全然効果がなくて、どんどんストーカーとしての行動が過激になっていって。だから、私、そのレストランをやめて、引越しもしたんです。前の住所はすでにその人にバレていたから……」
「なるほど。そういう事情でこちらに越してきたというわけなのですね。災難でしたね、それは」
うんうん、という感じで黒川はうなずく。
「でも、もう安心ですよ。たちの悪いストーカー男の霊は僕が食べちゃいましたからね」
「本当に? あんなの食べちゃって、悪霊と一体化したり、悪霊に体をのっとられたりしないんですか?」
「はは、大丈夫ですよ。僕はなんせ、鬼の中でも黄泉の国出身の、羅刹の一族ですからね。亡者の魂を食らってなんぼの暗黒属性の鬼なのです」
「羅刹? 悪鬼羅刹って言葉の羅刹ですか」
「まあ、僕の場合は阿傍羅刹って言葉のほうがしっくり来ますかね」
「あぼうらせつ?」
「地獄の獄卒とも伝えられる由緒正しい一族なのです」
「は、はあ?」
「まあ、実のところ、それはあくまで言い伝えだけの話で、そんな役職ないんですけどね」
「そ、そうなんですか?」
話がさっぱりわからんが、地獄というか、黄泉の国というか、そういう死んだ人間の魂がうごめいている世界の出身の鬼だということだけはなんとなくわかった雪子であった。
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