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ジュディ視点6
あの日、私はケイティ宛の手紙の中で、自分の身に起こったことを一つ残らず詳細に書き記した。そして別紙にウォルターへのメッセージを綴って、郵送したのである。
ウォルターに直接手紙を出さなかったのは、万一やり取りが誰かの知るところとなったら、ザカリーが何をするかわからないから。
結婚前はウォルターの務め先や実家、領民にまで被害が及んだ。
レナードの妻となった今、何か事を起こせば次に一体どんな目に遭うことか……以前よりも酷い災難が、あらゆる人の身に起こるだろうことは、想像に難くない。
だからケイティには、私と一年間限定で文通をしてほしいとお願いをした。
そして私からの手紙は全てウォルターに渡して、彼から返事を送る際は、封筒の差出人欄にケイティの名を記載して欲しいと頼んだのだ。
これならば、表向き私は古くからの女友だちと文通をしているように見せかけられる。キャンプス家の人間の目を、充分欺くことができるだろう。
手紙の仲介を頼んだケイティは昔から、私とウォルターの仲を応援してくれていた。だから彼女がウォルターに手紙を渡さないわけがない。
だから返事が来ないということは、やっぱり……。
不安で胸が押し潰されそうになる。涙が零れそうだ。
けれどあのときウォルターが差し伸べてくれた手を、拒んだのは私。
だから泣くのは間違っている。
――それはわかってる……でも……。
目尻に溜まった涙をソッと拭い、ウォルターへの愛で溢れる心を振り切るようにして、ますます仕事に没頭する日々が続く。
そんなある日のこと。
帰宅した私に、家政婦が一通の手紙を差し出した。
「若奥さまにお手紙が届いております」
「ありがとう」
差出人の欄に書かれた名前。それは。
「ケイティ……!」
待ち焦がれていた、ケイティからの手紙だった。
「ありがとう、古くからの友人なのよ」
手紙を胸に抱き、離れにある自室へと急ぐ。
逸る気持ちで封を切ると、中に入っていたのは一枚の便せん。そこに書かれていたのは、男性らしい力強い文字。ウォルターの字だ。喜びのあまり、手紙を持つ手が知らずと震える。
そこにはケイティから手紙を渡されたときの心情が、赤裸々に綴られていた。
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愛しのジュディ
君から手紙をもらって、正直驚いた。まさかこうしてまた連絡が取れるようになるなんて、思ってもみなかったから。もう二度と手紙のやり取りすらできないだろうと覚悟していただけに、懐かしい君の筆跡を見ただけで天にも昇らんばかりの感動を覚えている。
そしてそれ以上に、君が置かれている状況を知って愕然とした。
キャンプス家の人間は一体何を考えているのだろうか。人の人生を狂わせておきながら、白い結婚などといった非道な提案を、よくも恥ずかしげもなく言い出せたものだ。
一年後、レナード・キャンプスが君を手放すというのなら、俺は君の帰りを待ちたい。
そしてそのときこそ、君を妻にしたい。
君への気持ちは変わらない。
今でもずっと、君を想っている。
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「あぁ……ウォルター……」
愛に溢れた言葉に、涙が止まらない。
ウォルターが、私を受け入れてくれた。
それだけで胸が熱くなる。
ウォルターからの手紙には、彼のその後のことも書かれていた。
どこの商家でも雇ってもらえなかった彼は、今回の手紙が縁でケイティの夫に雇ってもらえたらしい。
彼女の嫁ぎ先は南部の北西エリア。この街からは馬車で一日といったところだろう。夫は宿屋を営んでおり、ちょうど人手が欲しいところだったそうだ。
願ってもない申し出に、ウォルターは二つ返事で快諾。心機一転、仕事に励むと書かれてあった。
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一年間、君と離ればなれなのは辛いけれど、輝かしい未来が待っていると思えば、いくらだって耐えられる。
君にとってこの一年は辛く苦しい時間になるだろう。
こんなときに、側にいてあげられない自分が歯がゆくて情けない。
一年後、君が晴れて自由の身になったらすぐに迎えに行く。そしてすぐにでも結婚しよう。俺の妻はジュディ、君だけだ。
心から愛している。
また会う日を夢見て。
ウォルター
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「私もあなたを愛しているわ……ウォルター……」
懐かしい筆跡に何度もくちづけをしながら、そう呟いた。
彼は私を、妻と言ってくれた。
私とて夫と慕うのは、ウォルターただ一人。
互いの距離は遠ざかり、会えなくなってしまったけれど、心は今も繋がっているのだと実感する。
――この幸せを、もう二度と邪魔させやしない。
私たちが引き裂かれたのは、ザカリーの絶大な権力ゆえ。
それに抗う力が、私たちにはなかった。
今回はレナードの企みのおかげで事なきを得たけれど、今の私たちでははまた権力に屈する日が来るかもしれない。
そうならないための力が欲しい。
どんな困難をもはね除けるだけの、強大な力。
そのためにもこの一年で、死に物狂いになって仕事を覚えるのだ。
できればザカリーに対抗しうる人脈も作りたい。
「絶対に、負けるものですか」
今度こそ、ウォルターの手を絶対に離さない。
改めてそう決意したのだった。
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