5948人が本棚に入れています
本棚に追加
/23ページ
ジュディ視点12
リッジウェイ伯爵夫人から欲しい品について聞き取りをした私は、すぐさま事務所へ戻って、事の次第をエイベルとアビーに相談した。
夫人の望む品は、大胆に開いた首元とデコルテを飾る、大ぶりのネックレス。
彼の地では、留め具のない長いネックレス状のラリエットを思い思いにアレンジして付けるのが主流らしいが、夫人のご希望は真珠や宝石をふんだんに使ったドッグカラータイプのネックレス。我が国で数十年前に流行した古典的なアクセサリーの一つ。
形は古典的でありながら端々に異国を感じさせる細工を施した、全く新しい品を作りたいそうだ。
キャンプス商会は宝飾品も数多く手がけているので、ドッグカラータイプのものであれば、簡単に作ることがができるだろうと踏んでいたのだけれど。
「これは工房に確認してみないとわかりませんね」
夫人と一緒に作成したデザイン図を見たエイベルは、難しい顔をしながらそう言った。
「やっぱり……」
ある程度、予想は付いていた答えだ。
ならば工房に直接行って、担当者と話し合おう。そう考えた私に、エイベルが難色を示した。
「ですが今、新規の商品を作るのは難しいでしょうね」
「なぜですの?」
「工房も人手不足で、既存商品の納品も遅れている状態なんですよ」
キャンプス商会は独自の工房を所有しており、店に並ぶ品の多くがこの工房で作られている物である。
職人と専属契約を結んでいるため、一定の品質が維持できるという利点があるのだが、少ない人数で回しているところに例の白粉の件もあり、工房はてんてこ舞いなのだとか。
「白粉自体は既製の物を購入しているんですが、それを入れるケースはうちの工房オリジナルでして」
シルバーのパウダーケースは、蓋の中央に百合のレリーフが施されており、内側には鏡が付いているので、それを見ながら化粧をすることも可能。手のひらにすっぽりと収まる程度の大きさなので外出時も気軽に携帯できるし、そのかわいらしいデザインは特に若いご令嬢から支持されているのだ。
またシルバー製品を気軽に買うことのできない庶民向けに、紙で出来たパウダーケースも用意しているのだが、こちらは表に色鮮やかな色紙やリボンなどをふんだんに使ってかわいらしい見た目になっている。そのため棚に並べた側から売り切れるほど、人気を博しているのだ。
売れ行きが好調なのは幸いだが、これを作るために工房では夜を徹して作業が行われているらしい。
「とにかく人手をそちらに割いているおかげで、ほかの定番商品の入荷が遅れているくらいなんですよ。ですから、あまり期待されない方がよろしいかと」
「会頭にお願いして、伯爵夫人のお品を優先的に進めてもらうことは、できないんですか?」
アビーの質問に、私は首を横に振った。
ザカリーには帰りの馬車の中で、一切協力しないと言われていたからだ。
あの男をそっちのけにして、夫人と二人で話し合っていたことが悪かったのだろうか。恐らくはその前に、夫人から手酷い嫌みを言われた腹いせも含まれている気がする。
とにかくザカリーを頼ることはできないのだ。
「私、ひとまず工房に行ってみます。ともかくお話だけでも聞いていただかなければ」
残った仕事を大急ぎで片付けると、辻馬車に乗り込んだ。
街外れにある工房までは四十分ほど。夫人とのやり取りの末に生まれたデザイン画を眺めながら、どう話を進めればいいかを考える。
品物を売ることが初めてならば、デザインを元に商品を作ることも、そのために職人たちに依頼を出すことも初めてなのだ。話を上手く進めるコツに関しては、一応エイベルから教わって来たけれど、果たしてどうなるか不安は尽きない。
辻馬車を降りて十分ほど歩くと、やがて平屋の大きな建物が見えてきた。ここがキャンプス商会の工房だ。
エイベルが事前に連絡をしてくれていたおかげで、名を告げるとすぐに奥に通された。
応接室で待つこと数分。荒々しい足音と共に、一人の男性が現れた。工房責任者のゴドウィンである。
短い挨拶を交わした後、忙しい最中に突然押しかけた非礼を詫びて、早速本題に取りかかった。
持参したデザイン画を手渡すと、ゴドウィンは一目見ただけですぐに眉を顰めた。
「こういった物を作るのは難しいですか?」
「いや、こんくらいなら簡単に作れますよ。ただね、今はそんな時間もないくらいの忙しさなんですよ」
だから工房では無理だと……と断言されて、思わずガックリ肩を落とした。
「もしもほかの工房に依頼した場合、作ってもらえる可能性はありそうですか?」
「技術的には決して難しいものじゃないから、恐らくは大丈夫でしょう。それこそ俺たちだって、すぐに作れまさぁ。ただ今日の夕方になって、急な追加発注がきましてね。そのせいで、全く手が回らんのですよ」
しかもそれは、これまでにないほど大量で、新商品どころかほかの既存製品を作れるほどの余裕すらないのだという。
夕方というと、私たちがリッジウェイ伯爵邸を出てからになる。
私と別れたザカリーは、すぐさま工房に追加発注をかけたのだろう。
協力してくれないばかりか、妨害のようなことまでするなんて……どこまでも底意地の悪いザカリーの行動に、怒りがどんどん沸き上がってくる。
「わかりました。ではほかの工房を当たってみますわ」
「よかったら知り合いの職人を紹介しますよ。そっちにも声をかけてみちゃくれませんかね」
ゴドウィンの言葉に謝意は伝えたが、あのザカリーのことだ。そちらにもすでに手を打っていることだろう。キャンプス商会に関わっている人に声をかけても無駄な気がしてならない。
それでも一応、職人の名が書かれたメモをもらい、工房を後にすることにした。
最初のコメントを投稿しよう!