ジュディ視点16

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ジュディ視点16

 夫人から商品の増産を助言された私は、早速ウォルターに手紙を書いた。  職人の確保と増産体制に入ってもらうためだ。  一応話だけは通しておこうと考えて、ザカリーにも夫人の言葉をそのまま伝えたのだが、あの男はちっとも取り合おうとはしなかった。  むしろ「そんな見たことも聞いたこともない商品が売れるわけない」と、鼻で嗤われる始末。 「商品が一つ売れたくらいで、いい気になるなよ」  そう言って嗤ったザカリーだったが、夫人が夜会に出席した直後から、キャンプス商会にはネックレスについての問い合わせが多数入ったのだ。  彼女はネックレスの作成に、私が深く関わっていること、そして今後私を贔屓にするとも語ったらしい。そのため商会には、わざわざ私を指名して屋敷に来るよう依頼する貴族が増えた。  メインの注文は、リッジウェイ伯爵夫人と同じ型のネックレス。それだけでなく、キャンプス商会がこれまで扱ってきた在庫品も、飛ぶように売れた。  もちろんただ売りつけただけではない。顧客の容姿や好みに合わせて、一番相応しい物だけを勧めた結果、それが売り上げに繋がったのだ。  こうなるとザカリーも私を無視することはできなくなった。  時にレナードよりも売り上げを立てる私を、手のひらを返したようにもて囃し始めたのだ。 「なあジュディ。例のネックレスの件だが、あれはやはりうちの工房で作らせるのが一番だと思わないか?」 「本来であれば、その方がよろしいかとは思います。けれど今の時点で職人たちに余力が残っているとは思えません。ネックレスに関しては、パウダーケースの生産が落ち着いてから着手してもよろしいのではないでしょうか」 「そんなことを言っていたら、売り時を逃すだろうが! 職人たちなら問題ない。ちょっとハッパをかければ、すぐに取りかかるだろうさ。俺が言うんだから問題はない」  そう言い張ったザカリーは、結局私からデザイン画を取り上げて、工房で新たに作ることを決めてしまった。  当然のことながら、工房はパニックに陥った。  もう受け持てる許容範囲を遙かに超えていたのだ。  それでもやらなければ、ザカリーの叱責を受けてしまう。  ゴドウィンは四方八方に頭を下げまくって職人をかき集め、なんとか増産体制を整えた。しかし技術力に乏しい若手の職人しか集まらず、貴婦人たちが納得する品を作ることは困難を極めたのだ。  こんなこともあろうかと、南部の職人たちには引き続き増産体制に入ってもらっていたため、在庫切れを起こすことはなかったが、自社で作るよりも当然コストはどうしても嵩んでしまうので、帳簿を見たザカリーは烈火のごとく怒り狂った。  そして職人たちを激しく罵ったのだ。  これがキッカケとなり、職人たちはキャンプス商会の工房を離れることを決意。  最後まで踏ん張っていたゴドウィンですら見切りを付けて、職人らを率いて南部に移って行ったのである。  新たな職人も見つからず、結局は私とウォルターが集めた南部の職人たちに頼らざるを得なくなったキャンプス商会の中で、私の存在はどんどん大きくなっていく。  ザカリーや従業員たちは、跡取りであるレナードよりも私を信頼するようになり、それを知ったレナードからは、一度釘を刺されたこともあった。 「ここ最近の売り上げに大きく貢献したことは確かだ。だが、いい気になるんじゃないぞ。今の君の手柄は、俺の妻という立場もということが大きいとわかっているのか?」  レナードの言うことも一理ある。  もしも私がただの従業員であれば、ザカリーは私の給金を減額するだけで終わらせただろう。  それがリッジウェイ伯爵邸に連れて行ったのは、私がそもそも無給で働いているから。アビーに全ての罪を被せて、給金を支払わずに済ませようとしたのに、私が彼女を庇ったため、嫌がらせを兼ねて伯爵邸に連れて行くことにしたのだ。  そういう意味では彼が言うように、全ては私がレナードの妻という立場だったからこそ、発生した事態であることに違いない。  間違いはないのだが……。  沸き上がる苛立ちをグッと堪えて 「もちろん重々承知しております。ですが最後まで精いっぱい勤めさせていただきたいのです。愛する旦那さまのために私ができることは、これだけなのですから……」  と、しおらしく答えた。 「愛する旦那さま……」  それが自分のことだと思ったのであろうレナードは、口角を僅かに上げてまんざらでもないような顔をした。 「だがな、わかっているとは思うが、俺は君の愛に応えてはやれない。その辺りは誤解しないでくれ」 「もちろんレナードさまのお気持ちは、充分に承知しております。約束の期限が来たら、静かにこの家を去りますから、それまではどうか私のやることを見守ってください」 「……その件なんだが」  レナードは急に声音を変えたかと思うと、私の機嫌を取るような口調になった。 「君さえよければ、離婚が成立した後も商会で働かないか?」  信じられない申し出に、頭の中が真っ白になる。  レナードは私を妻として扱うことはできないが、使い勝手のいい従業員として囲いたいらしい。 「君はもう、うちにとって必要不可欠な従業員なんだよ」  レナードはその後も私を手放しで褒めたけれど、全く頭に入ってこない。 ――どこまでも、厚かましい男……。  貴族を相手に大きな利益を上げる私は、まだまだまだまだ使える人材であると踏んだのか。  もしくは、キャンプス一家にどれだけ侮られても、罵られても、黙って静かに受け流してきたことで、扱いやすく利用しやすい女と思ったのか。  それは全て、明確な目的があり、一年だけと割り切っていたから。  そうでなければ誰がザカリーやレナードに雇われて、キャンプス商会で働き続こうと思うだろうか。  苛立ちが、怒りへと変わる。  グッと拳を握りしめ、それでも申し訳ないような顔を作って口を開いた。 「……あなたは愛しい奥さまと寄り添っている姿を、私に黙って見ていろとおっしゃるの?」 「……っ」 「それに奥さまだって、前妻が商会で夫と共に働いたと知ったら、はどう思われるか……」  レナードの恋人は気が強くプライド高い女性のようだ。  仮初めだったとはいえ、離婚後も前妻が身近に……しかも夫を支えるような形で存在していたら、相当揉めるに違いない。  レナードもそれをようやく察したのだろう。 「……浅慮だったな」  えぇ、本当に……とは思ったが、口には出さなかった。  悲しげな微笑を作って見せるに留めた。  去って行くレナードの背中を見送りながら、渦巻く怒りを消し去るように、大きく息を吐き出す。  言われたことは実に腹立たしい。けれど見方を変えればこれは、誰かに求められるくらいの商人に成長できたという証なのだと、気持ちを切り替える。  キャンプス商会にいられる期間はあと僅か。  この家から解放されたらすぐにウォルターの元へと旅立とう。  残りの期間でさらに貪欲に学び、吸収するのだ。  全ては愛するウォルターのために。  そして。  私たちの輝かしい未来のために。
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