エピローグ

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 その後ジュディとウォルターは、夫婦二人三脚で始めたW&J商店を軌道に乗せ、二十年後には西部どころか国一番を誇る店に発展させたのである。  さらに十年後には、パトロンとなったリッジウェイ伯爵夫人の力添えもあり、王室御用達の商品を取り扱うまでになったのだった。  そんなジュディとウォルターの栄光の影で、一つの商会がひっそりと店を閉じた。  キャンプス商会である。  従業員はどんどんと減り、エイベルやアビーまでもが見切りを付けて店を去って行った。  ザカリーはエイベルに対し、残った借金を一括返済するよう要求。しかし専門家が間に入って調査した結果、ザカリーとエイベルの父が交わした書類に問題が発覚し、計算をし直してみると、不当な利息を支払わせていたことがわかったのだ。  逆に過払い金を支払うよう命令が下り、ザカリーは借金を追ったのである。  借金を返済しようとレナードが必死の行商を行うも、商品は全くもって売れなかった。キャンプス商会では、もう何年も碌な商品を取り扱っていなかったのだ。ただ古いだけの品を買おうという者がいないのも道理だろう。  かつては一等地にあった店舗兼店舗や、離れを有する自宅はとうに売り払われ、街の片隅で小さな店を開いたものの開店休業状態。  商売をしている様子はない状態に、あの商会ももう終わりだな……と誰もが噂したが、それもすぐに人々の記憶から薄れていった。  どうにも立ちゆかなくなった一家が忽然と姿を消した際も、すぐそれに気付いた者はいなかった。  生まれ育った故郷を捨てたレナードはその後、西海岸の港町で荷運びなどの仕事をしながら、その日暮らしの生活を送っていた。  少し前まで両親と行動を共にしていたのだが、何かあるとすぐに激昂してヒステリーを起こす両親に嫌気が差して、一人行方をくらましたのだった。  両親を養いながらの生活は本当に辛かったが、自分一人なら幾分ましだ……レナードは久方ぶりに感じた開放感に酔いしれていた。  しかし心に余裕ができると、今度は今の自分の立場が気になってしょうがない。  かつて上等の絹で仕立てていた衣服はボロボロの麻に変わり、髪を整えることもツメを磨くこともしなくなった。きめ細かかった肌は日に焼けて硬くなり、冬になると乾燥で頻繁にひび割れを起こす始末。  周囲の女性からもて囃されていた美貌は、今や見る影もない。  キャンプス商会では人を従えていた立場の自分が、今は人に使われ、しかも肉体労働をしなければ生活していけない状態だ。  美食家を誇っていたレナードだったが、食べるものも飲む酒もグレードは格段に落ちた。  昔は絶対に口にしなかったであろう安酒を買い、それを煽って眠りに就く。  味などもうどうでもいい。  アルコールを大量に摂取しなければ、眠れなくなってしまったのだ。 ――どうして俺がこんな目に……。  そう思ったことも、一度や二度ではない。  ただ幸せになりたかっただけなのに……どこでどう道を間違えたのか。  その理由が、彼には思い当たらなかった。  それでも仕事をしなければ、生きてはいけない。  納得できない心に蓋をしながら、彼は荷運びの仕事に従事する。  この日レナードに与えられたのは、大量の木箱を船に積み込む仕事だった。  箱に書かれた店名を見たレナードは、息を飲んだ。  そこには白いチョークで、W&J商店と記載されていたのである。 ――ジュディ……。  かつて一年だけ、仮初めの妻として側にいた女性の顔が、脳裏に浮かび上がる。  いつも優しげに……けれど少し寂しそうな目で微笑んでいたジュディ。  今思えば自分の人生で一番輝いていたのは、彼女と過ごした一年だった。 ――なぜ俺はあのとき、ミランダを選んでしまったんだ。ジュディを選んだら、こんな無様な思いをせずに済んだのに……!  しかし時すでに遅し。  最上の幸せを壊したのは誰あろう、レナード自身。  あの輝かしい人生が戻ってくることは、もう二度とない。  その後もW&J商店の名を目にするたびに、激しい後悔がレナードを襲う。  彼に残されたのは地獄の苦しみだけ。  奇しくもそれは、ジュディがウォルターに語ったことに相違なかった。  ジュディは自らの手を汚すことなく、見事復讐を果たしたのである。    永遠の絶望を味わいながらレナードは、心に思い枷を背負ったまま残りの人生をひっそりと過ごしたのであった。
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