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一人寝の寂しさ
(たまには一人っていうのもいいもんだな)
そう思えたのは最初の夜だけだった。入院という初めての体験。10代で一度入院を経験しているが、あれは数に入れたくない。
そして今は2日目の夜だ。
(眠れない)
携帯で小さく音楽を流していたが、巡回の看護師に見つかり怒られた。
「宗田さん、安静にしていただかないと。眠れませんか?」
「ウチは大所帯で。静かな夜ってそうそうないんです」
「気分はどうですか?」
「最初よりずいぶん落ち着きました」
「良かった! 後でまた巡回で回ってきます。その時も起きてらしたらお薬差し上げますね。とにかく体を休ませないと」
「すみません。ご迷惑かけます」
「眠れるといいですね」
本当のところはたいして良くはなっていない。まだ気持ちが悪いし、横になっていてもくらっとする。だが意地を張れば吐かずに済むようになりつつある。
(だらしねぇ…… マリエ、心配してるだろうなぁ)
それが何より辛い。子どもたちもきっとそうだ。父親の入院姿など見たくもないだろうに。
つい、余計な無理をしてしまった、これは自業自得だ。
(仕事、していたかったんだ)
夕方のことを思い出す。昼間も来ていた真理恵が、6時半に子どもたちを連れて来てくれた。
点滴を見て、父の腕を見て、花音は泣きそうな顔になった。
「お父さん、注射痛い? すぐ終わる?」
嘘を言ってもしょうがない。これから2時間はそばにいるだろうから。
「痛くはないよ。だから花音は心配しなくていいんだ。でもすぐには終わらない。見て」
点滴の袋を指差した。花月も無言のまま見上げる。量は半分以下になっていた。
「あれがね、空っぽにならないとだめなんだ」
「でも、それで終わりだよね?」
40分もすれば空になる。次を看護師が持って来る。
「そしたらお代わりするんだよ。あれがお父さんの今の食事になるんだ」
花音と花月が恐怖に目を見開く。涙がぼろっと零れた花音が針の刺さっている近くを触ろうとした。
「花音、だめ!」
お母さんが鋭く叫んだ。ビクッとしたのは花音だけじゃない。花月の体も同時に動く。こういうところが双子の不思議なところだ。
「怒らないで、マリエ。大丈夫だから。そっとだよ、花音。触ってもいいよ」
花音の手が伸びてその上で止まった。少しして手が引っ込んだ。
「やめとく。……お父さんが可哀そう」
とうとうしくしく泣きだした。母がその肩に手を置くより早く花月が花音を抱きしめる。
「お父さん、本当のことを教えて。悪い病気なの? 手術をしたりずっとここにいて家に帰って来れないような病気なの?」
男らしくあろうと、花月がきちんと聞いて来た。だから花も口調を変える。
「花月、そんなに長くはかからないよ。病名も付かない。単純に疲れすぎただけだ。この点滴以外の処置はないよ」
「分かった。お父さん、僕聞きたいんだ」
「なんだ?」
「これって、哲平おじちゃんのせいじゃないんだね? こんなに疲れてるお父さんのことに気づかなかったってこと」
「花月! お母さん説明したでしょう?」
「僕は確認してるだけだよ。お父さんからちゃんと聞きたいんだ」
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