路地裏の歪んだ欲望

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路地裏の歪んだ欲望

有森瑞樹(ありもりみずき)は巡査長になって二年目だ。大学を出て巡査となり試験に合格し、巡査長に。その間、刑事として日々働いている。 小さな頃から警察官に憧れて、念願が叶い警察官となった。それから一年半後。とある事件で、取り押さえようとした犯人にナイフで斬り付けられて顔に傷を負った。その傷跡はいまだに残っている。幸いにも髪で隠れる場所ではあったがその傷は、正義感溢れていた有森の心をえぐってしまった。 血を流しながら、手当てを受けるまでの間に幼い頃からの憧れも仕事への情熱も冷めていった。こんな痛い思いをして何になる。一生懸命に頑張ったとしてもどんどん悪い奴は増えていく。 気がついたらストレスを抱え込むようになっていた。眠れない日が続き、薬にも頼った。一生懸命になることを少しずつやめていった。以前のように活躍はしなくなったものの、上司に睨まれない程度に働く。 それでもなおストレスは溜まる。そんな時は非番の日にお気に入りのゲイバーで、その日限りの相手を探して発散する。 それが有森の、ライフスタイルだった。 「お疲れ様です、ヤマさん」 見張りから戻ってきた同僚の山口に有森はコーヒーを差し出す。おおすまない、と山口はそのコーヒーを受け取った。同僚と言っても五歳歳上の山口。有森の兄貴的な存在となっている。そんな彼は手にしていた新聞紙を開いてニュースを読み始めた。 「ありゃ、また警察官の不祥事が載ってるな」 有森が目を向けると、新聞紙を近づけた。 「逮捕後に逃走、かあ…。こっちは容疑者と良い仲になったのか」 ふーん、と有森が呟くと山口はため息をついた。 「容疑者に手をつけなくたって、女はゴマンといるのにな。ヤりたいなら風俗使えよ」 「確かに…こんなことでこの安定の月給を蹴るなんて勿体無いですね」 有森のその言葉に、山口が笑った。 「そう言えばこの資料、確認したか?」 山口が立ち上がり、上司の机からどさっと捜査資料を自分の机に置く。最近、この近辺で窃盗と恐喝を繰り返す犯人の資料だ。有森たちが担当となり追わないといけない相手。資料を見ておけ、と昨日上司に言われていたが有森は見ていなかった。 資料の中から一枚、大きく引き延ばされたモンタージュ写真を山口が取り出して有森の前に置く。それを目にした途端に有森は驚いた。 何故なら逮捕するべき犯罪者の彼が、とても美しかったからだ。 「別嬪さんだろ。でも手ェ抜くなよ。前科三犯だからな」 山口の言葉に頷きつつも、有森はその写真を手に取りまじまじと見ていた。 写真の中の彼は、こちらを睨んでいた。日本人にしては色素の薄い瞳と肌色。肩まで伸ばした柔らかそうな髪。黙って俯いていれば、上品であろう彼の睨み付けるその顔はまるでしなやかな獣のようで。 有森はその男、藤原直隆(ふじわらなおたか)の虜になった。 その日の午後から、早速有森は藤原のモンタージュ写真を複製し、胸ポケットの手帳へ仕舞い込んだ。本来であれば、それは街中で聞き込みをしたり似たような人相の人物にあった際に確認する為だ。 ただ、有森の場合それだけではなかった。 家に持ち帰り、大きく引き伸ばしたそのモンタージュ写真を自室の壁に貼った。自宅でも顔を覚えて手柄にしてやろうとか、そんな熱意など有森は持ち合わせていない。 壁に貼ったその写真の、藤原の顔にすりすりと自分の頰を擦り付けて口元を緩める。ウットリした目で、睨みつける瞳にキスをし、自分の右手を下着の中に入れて、自慰を始めた。藤原の顔を見つめながら、上下に扱いていくと息が上がってくる。 「ハァ……ッ!」 体が疼いて堪らなかった有森のソレはあっという間に果てる。そしてこれが有森の日課となったのだ。 *** 「最近、有森の動きがいいな」 山口にそう話しかけて来たのは二人の上司でもある部長刑事だ。そうですね、と山口は屈託無く笑う。 「なんでも藤原を追っかけてるらしいですよ。思い入れでもあるんですかね」 「何にしろ、頑張ってくれるのはいいことだな。最近気が抜けてたようだしな」 有森はほぼ毎日、躍起になって彼を探し回っていた。 (誰よりも早く見つけ出してやる。俺が、お前を見つけ出してやる) それはもう仕事ではない、逸脱していると有森自身も分かっていた。探し始めた頃には緑が眩しかった街の街路樹も、今や枯れ葉となり道に枯葉の絨毯ができている。来る日も来る日も藤原の面影を追い、陶酔していく姿に山口だけが気が付いた。 「有森、お前大丈夫だよな」 昼食のおにぎりを食べながら、山口は隣でパンを食べている有森に聞いた。 「何が?」 「いや、最近お前の様子がおかしいと思ってさ。…新聞に載るようなこと、しねえよな?」 普段、ぼんやりしている山口の鋭い指摘に、有森は苦笑いした。 「大丈夫ですよ、安定の月給を蹴るような馬鹿な真似、しません」 その言葉を聞いて、山口はホッとしたような顔を有森に見せる。 (ごめん、ヤマさん) 初雪が街に降って数日後。凍てつくような寒さの中で、有森が彼を見つけたのは繁華街の路地裏だった。 それは突然だった。いつものように街を探し歩いていると前方からパーカーのフードを深く被って歩いてくる一人の青年がいた。深く被っているものの、顔は確認できた。変装もせず堂々と街を歩いていたのだ。藤原は有森が私服だった為、全く警戒することもなくその横をすれ違い、歩いていこうとした。ふんわりと香水の香りがする。 (ああ、ようやく会えた) 有森の全身が喜びに震えている。通り過ぎようとした彼の名前を呼んだ。 「藤原ッ」 瞬間、藤原の細い腕を掴んだ。藤原は驚き、一瞬有森を見た。その瞳はあの写真と同じく野獣のような鋭さだ。 腕を掴まれた藤原は抗い、逃げようとする。力を込めて掴まれた腕を抜こうとするが、鍛えた有森の腕力には敵わない。 「離しやがれ!」 初めて聞いた藤原の声は、有森が想像していたよりも低い。その声にさえ、ゾクリと背中が震える。 有森は彼の身体をゴミ収集箱に押しつけ、ポケットから手錠を取り出した。背中に回した彼の手首にガシャリと手錠をかける。パーカーのフードからのぞく藤原に顔は苦痛に歪んでいた。その顔を見て、有森はニヤリと笑う。前科三犯にもなると、諦めも早いようで手錠をかけた後は抵抗しなくなった。 「流石に大人しくなるもんだな」 「クッソ…」 腕を後ろで繋がれて、藤原はゆっくりと歩き始める。 ゴミ収集箱に身体を押し付けた際に、藤原は頰を切ってしまったらしく、少し血が滲んでいた。それに気づいた有森はポケットの中からハンカチを取り出して頰を優しく拭いてやった。藤原が訝しげに有森を見る。 「折角の綺麗な顔が台無しだぞ」 有森の微笑みに、藤原は一瞬ギクリとした。普通の警察官と違う。それは藤原の持つ野生の勘だったのだろうか。 有森は藤原を連れていく。本来一人きりの連行は危険であり、有森はすぐに応援連絡をするのが掟のはずだが、呼ばなかった。 そして藤原を確保したその路地裏から警察署に戻らなかった。 *** 「お前…っ、何のつもりだ」 ベッドに手錠を繋いで、藤原を繋ぎ止める。あれから有森は警察署に戻らず藤原をここに連れてきた。自宅とは違う、郊外の山中の一軒家。周りには民家などない、寂しい場所だ。 有森はベッドに繋がれた藤原に近づいた。藤原の戸惑いと怒りの視線が、有森にはたまらない。 「大人しく…はできないよねぇ。俺も大人しく出来そうにないよ」 ゆっくりと藤原の上にまたがり、服をめくり上げる。直接肌に触れたら、ビクンといい反応が返ってきた。 藤原は睨みながら有森を罵倒する。 「警察官がこんなことしていいのかよ…ッ」 「ああ。警察官ならもう、辞めるからいいんだ。君が手に入ったから」 もちろん上司にも山口にも伝えていない。きっと騒がれるだろう。安定の月給をフイにするやつじゃない、ときっと山口は心配するだろう。それでも有森は藤原を選んだ。それは写真を見たあの日から、決めていた。警察官を辞めて藤原と一緒に過ごす。その為にこの一軒家も準備したのだ。 有森は藤原の顎を持ち上げてこう言った。 「刑務所よりいいと思うよ。三食つきで、性欲処理もできる。有り難いと感謝してもらわないとね」 *** ベロリとうなじを舐めると、明らかに藤原は有森に嫌悪の顔を向けた。 (ああ……たまらない) 有森はシャツを脱いで、ニヤリと笑うと次は胸元に舌を這わす。まるでナメクジが這うような感覚に、藤原は首を横に振る。 「気持ち悪い…っ、やめろっ!」 その声に答えずにさらに舌を使って舐め回す。そして乳首にたどり着いた時、ビクンと藤原の身体が跳ねた。その反応に有森が薄ら笑いをしながら、藤原の顔を見た。 「乳首、感じるの?」 「感じてるわけじゃねぇよ!くすぐったいだけ…ッ」 言葉が終わらないうちに、乳首を舐め回すと更に身体が跳ねる。手をベッドに繋がれている藤原は力が入らない。足をジタバタさせているが、有森が両脚の間に入りそれを阻止する。そして有森は右手を藤原のスウェットパンツの中へ入れ、モゾモゾと動かす。そしてお目当てのソレを掴む。 「やっ、やめ…!」 更に藤原が激しく身をよじる。 (…勃ってる) 恐らくココにたどり着く前から、勃っていたはずだ。藤原はやはり乳首が弱いのだと有森は口元を緩めた。相変わらず乳首を執拗に舐め回しながら藤原のソレに触れ、ついには下着の中に手を入れて直接、扱き始めた。探し求めていた藤原を前に、有森もだんだんと息が上がる。藤原のソレが膨張し、ヌメヌメと甘い蜜がツゥ、と垂れてくる。 「ふ…っ…あ…やめ…」 ようやく舌を身体から離し、右手も離れた。藤原はホッとしつつも顔を赤らめて有森を見ていた。すると自分のズボンのチャックを下ろし、中から起立したソレを取り出した。瞬間、藤原は青くなる。 「お前、まさか…」 「ご心配なく。すぐには挿れないよ。だけど」 片膝をつき、取り出したソレを藤原の目の前に持ってきて、軽く頰に押し付ける。 「君を逮捕せずに見逃してやるんだから、見返りはもらわないと。ホラ、舐めて?」 「なに…」 藤原が口を開けた瞬間、有森が無理矢理ソレをねじ込んだ。一気に口内に入れられた藤原は大きく目を見開く。 「んー!ンンッ!」 首を振りながら抵抗するもお構いなしに、有森は口の中を突いてくる。藤原は苦しさのあまり涎を垂らす。 美しいものが歪んでいく様は何でこんなにそそるんだろうか、と有森はゾクゾク身体が震えた。ゆっくりと藤原の首に手をかける。 「噛んだら、首を締めるからね」 どんどん速度を速めて、藤原がむせて咳き込む。一瞬、口からソレが抜けた、と思った瞬間。藤原の目の前で有森の白濁したものが放出され顔を汚した。どろっとした液体と、独特の臭いに思わず顔を歪ませる。有森は肩で息をしながら満足そうに微笑む。 「ゴメンね、一人でイっちゃって。次は君がヨクなる番だね」 汚れた顔をティッシュで拭いてやって、有森は藤原の身体を簡単にうつ伏せにゴロンと押した。藤原は半分、放心状態となっていたがうつ伏せにされてスウェットパンツと下着を一気に脱がされて、目を覚ました。 「おい、何する気だ!」 有森は今から挿れようとしてしるそこに指をゆっくりといれていく。 「…!バカっ、ヤメロォ!そんなとこ!」 「慣らせば気持ち良くなるから、ね」 叫べどもこんな山中では誰にも届かない。室内は藤原の声を除けば初めは静かだったが、だんだんとチュクチュクと淫靡な音が聞こえ始めた。そのうち藤原が痛みだけではない、快楽を感じているのが有森にも分かった。証明するかのように、藤原は勃起が止まらない。 「う…、ああ、あっ…」 指の本数を徐々に増やし、掻き混ぜる音と、藤原の喘ぎ声が部屋に響く。不意に有森は指を抜いてその孔をクパッと開く。 「もう、挿れてあげようね」 「い、嫌だ!頼むから」 「こんだけ濡れて、勃っててまだそんなこと言うの。まあ味わってよ」 有森は自分の膨張したソレをゆっくりと慣らした孔に挿入していく。 「…!いってぇ、っ、やだ…っ」 ふいに有森は藤原のモノを手にして掴む。後ろから前から両方を攻められる。 「ヒッ…!」 ヌププと、音を立てて有森がゆっくり挿れながら腰を動かす。後ろからなので藤原の顔を見ることが出来ないが恐らくまだ苦痛に歪んでいるだろう。 「イッ…あっ、ああっ、はぁっ…」 全て挿入出来た頃には、藤原の声が幾分、艶っぽいものとなってきた。 「ああ、お前の顔、見たい…なあ」 有森はそう呟いてせっかく挿れたソレを抜く。そして藤原の身体を仰向けにした。仰向けにされた藤原の顔。目は虚で、涎を垂らしている。恍惚としたその瞳にはあの野獣のような鋭さはもうない。その顔を見て有森は藤原の脚を開き、一気に挿れて突き上げた。 「うあああ…!っ、あッ!あっ、ンンッ!」 藤原はもう嬌声を止めようとせず、本能のまま感じていた。有森ももう歯止めが効かない。気持ち良さにお互い、我を忘れて欲望のままに身体を震わせる。 「ンンッ!あ、あっ、そこ、イイッ」 「素直で、いいね…っ、どうして欲しい?」 「もっと、突いて…欲しッ…」 藤原の身体が壊れるんじゃないかというほど、有森は強く突いていく。先走る蜜がテラテラと流れていく。 「ああっ、あ、んっ!も、イク…!」 「先に…、イケッ…!」 「ああああッ!!」 藤原の身体がしなり、キュウ、と孔が締まり、脚を痙攣させた。と同時に、藤原は思い切り精を放出した。 「すっげ…ぇ、俺も、イクッ」 つられて有森も限界を迎え、藤原のナカに熱いそれを吐き出した。 「はっ…あ、あ」 有森は果てた後も、ソレを抜こうとしない。藤原は霞む意識の中で有森を見る。まだ脚が震えて止まらない。目があった有森はふいに笑う。 「ね、気持ち、いいでしょ?これからずっと可愛がってあげるから」 「…お前…、狂ってんのか…よ」 藤原のその言葉に有森はまた笑う。 「人聞きの悪いこと言わないでよ」 汗で張り付いた前髪を手で払い、有森は藤原のおでこにキスをした。 「単なる一目惚れをしただけさ」 それから何度も有森と藤原は交じり合った。途中からは藤原の手をつなぎ合わせていた手錠を外した。もう藤原は逃げない、と有森が確証したからだ。その証拠に、有森が藤原を組み敷いている間、藤原から身体にしがみついてきていたのだ。  朝を迎える頃にはシーツも身体もベトベトでひどい有様だった。 藤原より先に目覚めた有森はベッドから抜け出して煙草を吸う。ふぅ、と煙を吐き出し、ベッドの中の藤原を見た。あざだらけの体の藤原は疲れ果てたのか起きる気配がない。その乱れた顔さえ美しくて、有森は手に入れられた喜びを噛み締める。 警察官を辞めてこれからどうするとか、藤原がそのうち逃げるかもしれないとか、有森の頭には一切無かった。ただ二人で暮らせると言う事実に有森は、最高の幸せを感じている。これから二人だけでともにすごすのだ。藤原は納得しないだろうけれど。 (まあいいや。時間はたっぷりある) 昨日の様子だと、身体の相性は抜群だ。毎日身体をあわせればきっと離れられなくなる。有森なしではいられなくなるはずだ。 まるで麻薬のように。 有森はニヤリと微笑むと、ベッドに戻り、藤原の唇にキスをした。 【了】
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