4人が本棚に入れています
本棚に追加
1
俺はついていないようでついている、と確信した二十三歳の春だった。
松本俊太は新しいスーツに袖を通し、就職先に向かったが、どうにもこうにも足が地につかない。気を抜いたら、無意識のうちにスキップしている。
……落ち着け、これじゃ、おかしな奴やんか、と俊太は自分で自分に言い聞かせた。
本日から俊太は名門中の名門として名高い享和学院の高等部の新任教師だ。憧れの学院に諦めていた職種で通うのだから、浮足立っても仕方がないだろう。伝統を感じさせる荘厳な校門の前に立った時、俊太の下肢はぶるぶると震えてしまった。
ここはバッキンガム宮殿か、ベルサイユ宮殿か、シェーンブルン宮殿か、校門というより西欧の宮殿の門だ。俊太は未だかつてこんな立派な校門を潜ったことが一度もない。小学校から高校まで清貧を如実に表現していた公立だったし、大学も私立とは名ばかりの貧乏学園だった。今にも天井や床が朽ちそうな校舎にほとほと困惑したものだ。いくら史学部日本史学科に在籍していたとはいえ、年代物の建物が好きなわけではない。
新入生と目が合った途端、礼儀正しい朝の挨拶が飛んできた。
最初のコメントを投稿しよう!