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さっそく何かやってみたらどうだ
造花を仕込まれたステッキ、人間をひとり入れられる黒い箱、ステンレスでできた切れ味のない剣、正方形をした巨大な鏡……。
「手品の道具なんて、たいした額にはならんよ」
古道具屋の示した買取額はいかにも少ない。
「いいさ。俺はたいしたショーもできない二流だし。このところの不景気でステージもどんどん減ってる。足を洗うにはいい機会だ」
そう自嘲するマジシャンの目に、シルクハットの帽子が飛び込んでくる。陳列棚の隅っこに鎮座している、少し埃をかぶったシルクハットだ。
「ふむ。あんたにぴったりな品物を見つけたな」
マジシャンの見つめる先にある品物に気づいた古道具屋は、にやりと不敵な笑みを浮かべる。
「これはタネを仕込まなくても、頭に思い描いた手品を自由にできるシルクハットだ」
マジシャンは半信半疑でシルクハットを手に取る。古い時代の王侯貴族御用達のように上質で高級な帽子。
「タネもなしに、頭に思い描いたマジックを自由にできるねえ」
古道具屋の言葉を疑うマジシャンは、シルクハットのあちこちを念には念を入れてじっくりと点検する。けれども、マジックのタネを仕込めるポケットや二重底はどこにも見当たらない。何の変哲もないシルクハットだ。
シルクハットをしげしげと眺めるマジシャンに古道具屋が促す。
「ものは試しだ。それを使ってさっそく何かやってみたらどうだ。さっき言ったようにタネなんて仕込まなくていい。頭に思い描くだけだ」
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