涙を流すことなんて(一生)ないと思っていた。

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 一臣と俺が会ったのは、高校二年生の頃だ。 席が前と後ろだったのが仲良くなるきっかけだった。  一臣は、言うなれば人懐こい大型犬をそのまま人間にしたような男で、無愛想な俺にも、気分を害することなく、あれこれ話しかけてくれた。  俺が名字で呼ばれるのは嫌だと言うと、理由は聞かずにすぐに名前で呼んでくれた。  誰にも壁をつくらず、誰に対しても公平な奴だったから、さりげなくクラスの人気者になっていた。  本人にはその自覚は全くなかったけど、女にもモテた。特におとなしめの子に人気があった。きっとあいつが女子を顔で区別せず、どんな女子にも優しかったせいかもしれない。  警戒心の強かった俺も、自然と一臣には心を許していた。俺の特殊能力のことは話せなかったけど、母親や父親が死んでも涙ひとつこぼせなかったことはそれとなく話すくらいに。 「でもそれはきっと、俺が欠陥品だからだろうな。俺はきっと心が壊れてんだよ。生まれた時から、ずっと」  いつの日だったか忘れたけど、確か夕方の図書館で、だったか。開けっ放しのカーテンが風であおられ、血みたいに赤い夕焼けがあいつの背中を照らしていた。 「泣くのが全てじゃないよ」  一臣は静かにそう言った。黒目がちの瞳は、なぜか俺よりも悲しそうだった。 「悲しすぎると、きっと泣けないんだ……。俺はその方が辛いと思う。だって泣いた方が、絶対に楽になれるのに、それができないってことだから、お前の心は壊れてなんかないよ。……ただお前は、自分に厳しすぎるだけだ」  そんなこと言ってくれたのは、一臣が初めてだった。アイツの言葉は俺の渇いた心にも響いた。  多分、アイツの言葉には嘘がなかったから。  そして一臣を好きになるのに時間はかからなかった。  男に恋なんて、普通なら考えられないのに、いつのまにか俺はあいつを目で追っていて、あいつのことを誰よりも気にかけるようになっていた。  そしてそれは卒業式まで続いた。三年になってクラスが別れても、何の障害にもならないくらい俺たちは仲が良かった。  周りの連中にもお前らできてんのかとからかわれたりしたけど、一臣は否定しなかった。むしろ「秋葉といるのが一番楽しい。あいつは俺の運命の相手だ」なんて臆面もなく言うから、それで俺は勝手に期待してしまった。  あいつもまさか俺のことが好きなんじゃないか、と思ってしまった。みのほどしらずとは、まさにこのことだ。  だけど卒業式の日、あいつの腕にからみついていたのは、俺ではなく、あいつと同じクラスの女だった。 「あいつら、付き合うことになったらしいぞ」 「同じ大学に行くから、急接近ってやつだろ? ちっくしょー! 女に興味ないって顔して、結局、イケメンは美人を選ぶんだよな」  揶揄するクラスメイトたちの声が俺の体を通り過ぎていく。ちょっと離れた場所にいた俺に、一臣は満面の笑顔で手を振ってきたけど、無視してそこから走り去った。  そのまま施設に帰って、就職先の会社の寮に飛び込んだ。それ以来、一臣とは会っていない。何度か訪ねてきたし、メールも来たけど、全部放置した。  その会社も一年たらずで辞めて、今の仕事についたから、五年間全く連絡をとっていなかった。  母親が別の男の名前を呼んで死んだ瞬間そうしたように、楽しかった思い出全てを扉の奥にしまい込み、二度とは開かぬよう鍵をかけたのだ。  そのアイツがいま、病院の集中治療室にいる。  そして俺は待合室の椅子に座って、治療中の灯りが消えるのを待っている。  その灯りが消える時、それはアイツが、一臣が死ぬ時だ。        
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