涙を流すことなんて(一生)ないと思っていた。

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 自分に特殊能力があると気づいたのは、母親が死ぬときだった。  医者にもう最後だと言われたから、家族みんなで母親のベッドを囲んだ。その時はまだ仲の良い家族だったんだ。これでも。 「……ごめんね、みんな……」  泣きながら母親は俺たちを見ていた。父親はずっと母親の手を握っている。誰にもやるまいと言うように、強く。そんな光景も今となっては笑い話だ。  子どもたちひとりひとりを刻み込むように見つめていた母親が、俺を見て、いきなり顔をこわばらせた。俺は涙をこらえて、そんな母親をただじっと見つめていた。  俺が末っ子だったから、あまりに幼くて、残していくのが辛すぎてそんな怖い顔をしているのかと思ったが、全く違った。  母親はぶるぶる震えだしたのだ。大雨にうたれた後のように。 「そんな、……そんな、まさか……、どうして、あなたが、ここに?」 明らかに様子が違っていた。父親が医者を呼ぼうとした時、母親が俺を見てこういった。  はっきりと言った。 「会いたかったわ、尚人。ずっと、あなたに、会いたかった……。まさかこんなことがあるなんて」  もちろん俺は尚人なんて名前ではない。その名前に父親の顔が面白いくらいにこわばった。 「尚人。来てくれたのね、ありがとう、尚人……、ああ、よかった。あなたに、まさかあなたに会えるなんて……。ずっとあなたのことを考えていたの。尚人……、私にはあなただけよ」  それが母親の最後の言葉になった。彼女だけが微笑みながら死んでいった。  残されたおれたちはこわばったまま、母親だった女の死骸を見つめる。  父親の手は、いつのまにか母親の手から離れていた。  後から知ったが「尚人」というのは、父親の親友だった。父親は、親友の恋人に横恋慕し、尚人が海外出張中に彼女を口説き落として、結婚にこぎつけたのだ。  だが結局、彼女の心は最後まで元の恋人のものだった。それがわかったのはおれの特殊能力のせいだ。  
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