涙を流すことなんて(一生)ないと思っていた。

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 俺の特殊能力、それは、『今にも死にそうな人が、最後にひと目会いたい人に姿を変えられること』だ。ただしその姿は、死にそうな人間にしか見えない。他の人間には、俺が誰に変わったのかはわからない。俺は俺のままだから、幻を見せているようなものだ。  かなり不完全で、俺にとっては何の得もない能力だと思う。  だけど俺のそんな能力のせいで、家庭は見事にぶっ壊れた。  父親は、母親が死んだ後、見事に病んだ。会社にも行けなくなって、酒浸りになった。時折俺を憎しみに近いまなざしで睨んできたが、暴力だけはふるわれなかった。  結局父親も肝臓を壊して、母親と同じ病院で死んだ。  父親の最期は看取れなかった。「お前はくるな」と拒否されたからだ。  俺の特殊能力のことは、俺も後から自覚したから、父親も知らなかったはずだ。今から思えば、もしや俺が尚人ってひとの子どもかと疑っていたのかもしれない。  父親の死後、兄弟たちはバラバラに親戚に引き取られた。だけど俺にはもらい手がつかなかった。「何となく気味の悪い子」として扱われて、施設に放り込まれた。 『父親が死んだっていうのに、あの子だけ泣いてなかったんだよ』 『そういえば、沙良さんの時も泣かなかったね。子どもらしくない子だね、末恐ろしいよ』  親族だった奴らの陰口に、耳を塞いだ。  施設で暮らし始めて数年経った中学の頃、施設の仲間がバイクで事故死した。  そいつは息を引き取る前に俺を見て、「母ちゃん、迎えにきてくれたのか」と言って、ぼろぼろと涙を流しながら死んでいった。  周りは不思議がっていたが、俺には合点がいった。特殊能力をようやく自覚したのだ。  だが得たものもあれば失うものもある。  俺は、特殊能力の代わりに泣くことができなくなった。  泣こうとしても、母親のうれし涙や死んだ仲間の涙、そして俺を憎んだまま死んでいった父親の顔が浮かんできて、涙は止まる。  まるで俺が死に行くひとを騙してさえいるような、罪悪感にも似た気持ちが俺に涙を許さなくなった。  それでも、こんな俺でも一度だけ涙をこぼしかけたことがある。それだけの心震える出会いはあった。だがそれも遠い過去の話で、今はもうほとんど忘れかけている。    そして二十代も半ばを過ぎた。  このまま一生、俺は涙を流すことは無いと思う。  感情が干上がって、ひからびたまま死んでいく。それだけの人生だと思う。    
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