涙を流すことなんて(一生)ないと思っていた。

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「秋葉くん。おつかれー」  仕事終わり、ロッカールームから出てきた俺を、廊下で、三十代半ばくらいの女性、瀬名さんが俺を待ちかまえていた。  ちなみに秋葉(あきば)っていうのは俺の名前。名字はあまり言いたくない。 「今日はもう終わりだったよね? お疲れ様ー」  肩くらいまでのふわふわパーマをかけた髪に、赤い眼鏡の瀬名さんは、俺の上司だ。  俺なんかが生まれ変わっても入れない大会社の正社員様なのに、どこの馬の骨とも知れない派遣の俺にも、わけへだてなく接してくれる、希少な人だった。  そういう人間は、昔から嫌いじゃない。 「ねぇ、秋葉くん。あの話、考えてくれた?」  一瞬、忘れていたけど、何とか思い出した。契約社員にならないかと打診されていたんだった。 「……前も言った通り、責任を負いたくないんです。下っ端が気が楽なんで」 「でもね、君ならもっと上もめざせると思うし」 「あんまそーゆーのに興味ないんで。じゃ、失礼します」  ペコッと頭を下げて、瀬名さんの横を通り過ぎた。
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