涙を流すことなんて(一生)ないと思っていた。

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 夕方の、混み合いすぎてる電車の中で、ため息をひとつついた。  保険会社の、事故受付担当のコールセンターで派遣社員として働くこと、五年。  非正規は先のことを考えると、どーこー言われているけど、俺は先のことなんてどーでもいいし、長く生きるつもりもないから、今のままでかまわない。  それにしがらみの増える正社員より、時間内に仕事だけして、さっさと帰れる派遣が俺には合ってる。  仕事は正直きつい。事故現場からの電話は、正気を失った客も多いから、怒鳴られたり、脅されたりすることもしょっちゅうで、泣き出す人もたくさんいる。  俺の同期も半分も残っていない。  でも俺は、どれだけ怒鳴られても平然としていられる。  それを瀬名さんは「冷静で、対応力が高い」と評価してくれているけど、本当は違う。  俺の心が凍っているだけだ。  だから見知らぬ他人の悪意に、いちいち傷ついたりしない。  そんな俺には今の仕事は天職だと思う。  つまり不満はない。  不満はない代わりに、もっと上にいきたいと望む野心もない。  今の生活を今のまま、できるだけ長く続けていくこと。  それだけが俺の願いだった。    
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