涙を流すことなんて(一生)ないと思っていた。

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 瀬名さんは先に返して、俺だけが残ることにした。病院も、明日には死ぬかもしれない男の側にいたがる俺を止めることはできなかった。  一臣の、頭と左腕、そして腹にも包帯が巻かれ、いろんな管で繋がれている。ピッピっとか弱く鳴り続けているのは心電図だ。  今にも呼吸が途絶えそうな一臣に、心の中でそっと語りかけた。  ……お前には俺が俺に見えたんだな、一臣。  今までいろんな奴の死を見てきたけど、俺が俺に見えたのはお前がはじめてだったよ。  母親でさえ俺を俺とは見てくれなかったのに、お前は。お前だけは俺を見つけてくれた。 「ごめんな……」  明かりをおさえた病室でそっと呟く。卒業式の日、こいつの前から逃げ出してしまったことを初めて後悔した。  たとえお前に彼女ができても、お前の友だちではいられたかもしれないのに、俺は勝手に傷ついて、勝手に逃げ出してしまった。それでもお前は何度も会いにきてくれたのに、それさえも遠ざけてしまった。  こんなことになるのなら、もっとちゃんとお前と話をしておけばよかった。  あれが最後なんて、嫌すぎる。  どうか生きてくれ。一臣。  せめてあと一度だけ。どうか俺と話をしてくれないか。  
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