4 デート

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4 デート

 合鍵を手に入れたせいで、俺は以前にも増して准一の家へ通い詰めるようになった。そのうち、歯ブラシやパジャマ、替えのシャツ、学校で使う教科書にノートまで、私物を准一のアパートに置きっぱなしにするようになっていった。  准一の帰りが遅い時でも、先に部屋に入って待っている。眠ければ寝てしまうが、大概は帰ってきた准一に叩き起こされて抱かれる。他に行き場がない俺にとって、この生活はさほど居心地の悪いものでもなかった。 「今度の休みなんだけどよぉ、映画でも行かねぇ?」  夕食の席で、出し抜けに准一が言った。  今晩の夕飯はカレーで、きっと明後日まではカレーが続くだろう。最近知ったことだが、准一は料理ができる。しかもそこそこ上手い。二人分を外食で済ませるより家で作って食べる方が安上がりなのだと言って、俺にも手料理を食わせてくる。  話を戻そう。准一は頬杖を突き、二枚の紙切れをチラつかせた。 「急にどうしたよ」 「だから映画。見に行こうっつってんじゃん。これ、無料のチケットもらったからさ。お前、観たがってるやつあったろ」  この間、二人でテレビを見ている時に予告が流れて、ついうっかり興味を示してしまったのだが、准一はその時のことを言っているのだ。 「だからってアンタと行く理由にはなんねぇだろ。他のやつ誘えよ」 「そうしたいのは山々なんだけど、他のやつには断られちまったのよ。お前ならどうせいつも暇だし、金曜だってどうせ泊まってくんだろうし、予定合わせる手間もねぇからちょうどいいかと思ってさ。これもう期限ぎりぎりだし、このままだと本当の紙切れになっちまうぜ。そんなのもったいねぇだろうが。先生はそーいうの気にする質なんですぅ」  あれこれ理由を付け、准一に押し切られた。    *  土曜の朝、准一のスマホのアラームがギャンギャン鳴って目覚めた。当の准一は頭髪を爆発させたまま眠りこけている。俺は、一度した約束は守る男だ。気合を入れて、准一の幸せそうな面を一発叩いてやった。准一は額を押さえて飛び起きる。 「ってぇ……んだよ、朝っぱらから……」 「寝坊してんじゃねぇぞ。朝っぱらから出かけるって言い出したのはどこのどいつだよ」  そうだった、と呟いて、洗面所へ駆けていった。ドライヤーの音がしたので、寝癖を直しているのだろう。こんな時、自分は癖毛でなくて本当によかったと思う。  今日は朝からすっきりとした秋晴れであるが、季節相応に気温が低い。俺は実家から回収したカーキ色のコートを着ていたが、コートも羽織らずに田舎のヤンキーみたいな気の抜けた恰好をした准一は、道中ずっと寒そうに手を揉んだり足踏みしたりしていた。  出向いたのは駅近くのシネコンである。複合型のビルで、映画館の他にも様々な小売店や飲食店や娯楽施設が軒を連ねている。俺が観たいと思っていたホラー映画は上映しておらず、代わりに准一が推していたアクション映画を観ることになった。ポップコーンは准一がケチなので買えなかった。  小さめのスクリーンで座席数も多くはないが観客も少ない。ポスターから判断するに低予算のB級映画なのだが、実際観てみても感想は変わらなかった。CGは粗く、ストーリーが薄い。音響だけはやたらとうるさくていちいちびっくりする。というか、どうしてこう洋画ってのは、事あるごとにキスシーンが入るのだろう。うんざりする。  准一はこんなものが好みなのかと思って隣を見ると、なぜかばっちり目が合った。 「飽きた?」  小声だがはっきりと聞こえた。准一は家にいる時みたいに姿勢を崩して寛いでいる。 「アンタこそ、ちゃんと見てなくていいのかよ」 「飽きちゃった。知り合いのおすすめなんて真に受けるもんじゃねぇな。そいつがB級映画ファンなの忘れてたわ」  小声でべらべら喋りながら、准一は俺の太腿に手を置いた。妙な動きで撫で回す。文句を言おうと思ったら准一の言葉に遮られた。 「あ、見ろよ。またキスしてんぜ。どうしてこう洋画ってのは事あるごとにディープキスするんだろうな。監督のスケベ心が出ちゃってるのかね」  俺もスクリーンに視線を戻す。ベッドの上で、ブロンドの女が屈強な男に責められている。衣服が乱れて豊満な乳が零れそうだった。が、全年齢向けなので肝心の部分は当然見えない。准一はうなずきながら画面を見ているが、右手はまだ俺の足の付け根にあり、次第に際どいところへ移動していく。 「おい、それやめろよ」 「それってどれ」 「っ、だから、手ぇどけろって」 「やだな、何もしてないじゃん。もしかしてこの程度で感じてるの。息上がってるよ」  耳元で囁かれると力が抜けてしまって何も言い返せなくなる。それをいいことに准一は侵入の手を強めていく。ジッパーを下ろされ、下着の上から触られる。顔は正面を向いているのに、器用な男だ。 「てめ、正気かよ、こんなとこで……」 「しょうがねぇだろ。こういうのって急に来るからさ。あれだね、暗いせいだね。それと、この女優がエロいせい」 「俺はブロンドでも巨乳でもねぇ……」 「そういうことを言ったんじゃないからね」  布越しに輪郭をなぞられる。フェザータッチというのだろうか、優しく表面を掠める程度に触れられる。弱い刺激なのに敏感に感じ取ってしまう。腰が甘く痺れる。どれもこれも全部暗闇のせいだ。視野が狭いせいだ。 「や、やだって……こんなの、すぐ見つかる……」 「だーいじょうぶだって。ここ最後列。他に客は、真ん中の方に二組しかいねぇだろ? お前がちゃんと我慢できればバレねぇよ」  確かに、准一の言う通りかもしれない。他に二組しか客はいないし、席も離れている。客足の悪いB級映画を選んだおかげ……というか、もしかしたら最初からこれが目的で選んだのかもしれない。映画館に行こうとか言い出したのも、こういう変態プレイがしたかっただけなのかも。こいつ、やっぱりただの最低淫行野郎だ。  准一の目はまだスクリーンに向いており、悠長に感想なんか述べている。それでも、その手は俺の大事なところを弄くり回している。まるで映画を観ながらポップコーンを食べるような手軽さで弄ばれていることに腹が立つ。 「このスーツ絶対戦闘向きじゃないよね。肌出しすぎ。防御力なさそう」  へらへら笑ってんじゃねぇ。と、思った時には手が出ていた。准一の胸倉を掴んでこちらを向かせ、唇に噛み付いた。准一は一瞬、呆気に取られたように目を丸くする。その間抜け面がおもしろくて、スカッとした気分になった。 「よそ見ばっかしてるからだ」 「……ふぅーん。こういうこともできるんだ」  スカッとしたのも束の間、准一は何かのスイッチが入ったように表情を変える。赤い舌がちらりと覗いて唇を舐めたかと思うと、今度は逆に噛み付かれた。容赦なく口を覆われ、舌がねじ込まれる。尖った犬歯が刺さって痛い。口づけというより捕食に近い。  酸欠で頭に靄がかかる。左手で胸倉を掴まれて、押し返そうにもびくともしない。俺の急所を捉えた右手はもはや輪郭をなぞるに留まらず、明確な意志を持って扱いてくる。何かが先に走ってきて下着を濡らし、摩擦がなくなって滑りがよくなる。くりくりと鈴口を引っ掻かれるとうっかり声が漏れる。 「ねぇ、わかる? さっきからすごい腰揺れてんの。きもちい?」 「っ……よくねぇ」 「強がっちゃって。気持ちいいんでしょ。スリルがあると燃えるタイプ? お前も大概変態だよな」 「ちが……あ、やめ」  じわじわと確実に性感を高められ、呼吸も奪われて思考力が低下する。准一の手と濡れた下着を使ってオナニーしてるような感覚だ。この場所がどこだったかなんてことは些細な問題に思えた。とにかく、何でもいいから、早く先へ行きたい。腹の奥にくすぶる熱をどうにか解放したい。  珍しく、准一の息も荒かった。映画は今佳境らしく建物や車が次々と爆発していたが、お互い映画どころではない。他の観客のことを気にする余裕もないが、准一が夢中で舌を絡めてくるので、結果的に多少声を抑えることができた。 「ぁ、ア、だめ、だめ」  そろそろ限界が近い。勝手に涙が溢れて視界が滲む。もうやめてくれと訴えても、責めの手は止まるどころかますます激しくなる。 「いいから。イケよ。恥ずかしいとこ見せてみな」  耳たぶを舐めながら囁かれた。それが決定打だった。ぐぐっと腰が重たくなる。 「あ、あ、も……でる、いく、イッ……んん゛ん゛!」  目の前が真っ白に弾け、下半身も弾けた。足がピンと張って、前の席を蹴った。イッた時、我慢しきれず盛大に喘いでしまったように思うが、劇中の爆発音にちょうど掻き消されたために、幸い後ろを振り向く者はいなかった。  余韻に浸っているところを准一に覗き込まれる。萎えたモノを握ったまま、にんまりと笑っていた。手の込んだいたずらを成功させた悪ガキのような笑顔だった。 「あーあ、イッちゃった。公衆の面前でお漏らししちまったな」 「ち、が……」 「だって、びっしょり濡れてんじゃん。ガキみてぇ」  そうだ。ガキみたいなのは俺の方だ。下着の中で出してしまったから、漏らしたみたいに湿っていて、冷たくて、気持ち悪い。羞恥と屈辱とで、本格的に涙が溢れる。  上着を脱いで前を隠し、急いでその場から離れた。足がもつれて真っ直ぐ歩けない。途中階段で転んだが、誰にも不審がられずに上映室から脱出し、人気のないトイレへ駆け込む。准一もこっそり後をつけてきていて、俺が隠れた個室に無理やり押し入ってくる。 「ふ、ふざけんな、出てけ」 「だってそれオレのせいなんだろ? 先生、責任感じちゃってさ」 「も、いいからほっとけよ! 責任感じてる暇あるなら、替えのパンツでも買って――」  素早く背後を取られた。邪魔になる荷物や上着はまとめて棚の上に置かれる。准一もジャージの上を脱いで薄着になり、シャツの袖を捲る。何かが始まる予感がする。嫌な汗が流れた。 「な、おい、まさか」 「まさか、何? ほら、手ぇこっち置いて。自分で体支えとけよ」  タンクにしがみつき、便器をまたぐように立たされる。自然と腰を突き出す恰好になる。  まさか、まさかな。准一はろくでなしだけど一応大人だし、仮にも学校の先生なんだぞ。そこまでの外道ではない。まさか、そんな酷いことするはずない。  不安に思って准一の顔を見る。予想通りと言っては何だが、意地の悪い微笑みを浮かべていた。やはり、嫌な予感は的中だ。反射的に逃げの態勢に入る。 「あ、こら、逃げんなよ」 「いやだ! 今からここでする気だろ!」 「するに決まってんだろ。お前、自分だけイッてすっきりしてハイおしまい、なんて、そんな都合のいい話があると思ってんのか」 「やだ、やめろよ!」  抵抗虚しく、下着の背中側の隙間から、准一の冷たい手が入ってくる。性急に侵入し、双丘を割って、一番奥の触ってほしくない秘所に到達する。俺は手足が思うように動かず、准一に指示された通り大人しくタンクにしがみついているだけである。 「よしよし、いい子だね。逆らってもダメだってやっとわかった?」 「こ、こんなの、約束してない……」 「タダではしないって? お前も強情だね。ここはこんなに、とろとろになってんのに」 「あっ!」  二本の指が一気に突き立てられたのに痛みはほとんどない。俺の見ていない間に唾液を付けたか、個包装の使い捨てローションでも準備していたのだろう。抜け目ないやつだ。 「ぁ、ア、やめ……ぬこぬこすんな、ばか……」 「でも慣らさないと辛いのはお前だろ」 「うう……こん、な、こんなの……」 「契約と違うって? しょうがねぇなぁ、帰りにアイス買ってやっから」  菓子で釣ろうなんざ、今時小学生でも引っ掛からねぇぞ!? というツッコミは内心に秘めておく。舌がもつれて上手く喋れそうにない。 「何味がいい? 先生はやっぱりキャラメルかな。あっまいやつ」  呑気だ。すこぶる呑気だ。アイスのフレーバー云々なんて、今話さなきゃいけない話題なのだろうか。 「絢瀬、聞いてんの?」 「ふっぁ、ン、んん……」 「お前は何味食う? 王道でバニラとかチョコ? それともソルベ系?」  そんなのどっちだっていい。早く解放されたい。早く終わらせてほしい。 「はは、聞いてねぇな」  涎垂れてる、と言って俺の唇を指先で拭い、それをぺろりと舐めた。 「アイスよりこっちの方がほしい?」 「ッッ!? や、そこ、だめ、だめっ」  俺のいいところ。良すぎて嫌いなところ。前立腺という名前は准一が教えてくれた。敏感すぎるそこを、しつこく突かれる。声を押し殺しても漏れ出てしまう。押し殺している分だけ息が苦しい。腰が震えて立っていられない。准一に促され、便座の上へ膝立ちになった。 「あふ、あ、ふぁ、や、やら」 「ケツきもちいね。絢瀬お前、やっぱりこっちの才能あるよ」  そんな才能なら要らない。誰のせいでこんなことになっていると思っているんだ。  さっきから感じていることだが、今日の准一はいつもとどこか違う。前戯が丁寧、というか異常にねっとりしている。いつもの倍くらい時間をかけている。そしてやけにおしゃべりだ。特別機嫌がいいか悪いか、どちらかだと思う。 「はぁ、ぁ、も、さっさと……」 「おねだり? そんなにチンポほしい?」 「ちが、ぁ……さっさと、おわれ」  俺はただ早く終わってほしいだけだ。今度こそ本当に解放されたい。いつ誰が来るとも知れない場所でいつまでも痴態を晒してるわけにいかない。早く帰りたい。 「えー、ちょっと冷たくねぇ? オレはこんなに……」  こんなに、なんだろう。しかし続く言葉はなく、チッと舌打ちが聞こえただけだった。  シャツのボタンを外され、中途半端に脱がされる。脱ぎかけの服が肘で引っ掛かり、動きが制限される。緩く拘束されている感じだ。肩も背中も剥き出しの状態で、さらに首筋に噛み付かれる。鋭い歯が皮膚を突き破る。血が出たと思う。するとご丁寧に傷痕をべろべろ舐める。さながら犬である。  やっぱり、今日の准一はいつもと違う。普段はこんな無駄な行為はしない。セオリー通りのセックスしかしないのに。 「おい、なにして」 「黙ってろ」  空いている左手で口を塞がれた。後ろに入っていた指が抜かれる。 「耐えろよ」  パンツも下着もずり下ろされ、片手で腰を掴まれて、ゆっくりと怒張が押し込まれる。サイズが一回り大きく感じる。しかもコンドームを着けていない。最悪だ。外出先で中に出すつもりか? 声を上げたくても、口をきつく押さえられているため叶わない。歯を食い縛って堪えた。  気づいたことがある。准一は今日煙草を一本も吸っていないのだ。唇からも指先からも煙の味がしない。それとこれがどう関係しているのかはわからないが、今の准一は明らかに余裕がない。上滑りする声や乱れた呼吸を隠そうともしない。夏休みに初めて体を重ねた時のような荒々しさとはまた少し違う……のだが、適切に言語化できない。 「静かにしろよ、バレちまってもいいのか?」  いやだ。嫌だけど、どうしても呻き声が漏れる。これ以上我慢のしようがない。准一は、自分の息子の威力をわかっていない。まるで麻薬でも仕込んであるみたいに俺の全部をダメにする。 「最近さぁ、オレもお前も忙しくて、学校でヤる暇なかったろ? こーやって、声殺してするエッチがさ、先生は結構好きなんだよね」  静かにしてろと言った舌の根の乾かぬうちに、准一はべらべらとどうでもいいことを喋り出す。 「絢瀬が苦しそうなのとか、恥ずかしそうにしてるの、見られるからさ。このスリルがたまんねーっつうか……」  熱い吐息が耳をくすぐる。背筋を甘い痺れが走る。 「はは、締まった。お前、オレの声好きだよな」  くそ、くそ、最悪だ。こんな異常な状況で無理矢理チンポ突っ込まれてるってのに、体は勝手に悦びやがる。  もう一度首筋に噛み付かれて体を固定され、無遠慮に奥まで突き上げられた。俺がタンクに突っ伏しているせいか、それとも便座と便器がぶつかるせいなのか、ガタガタと無駄にうるさく音が鳴る。  激しく揺さぶられ、脳みそまで掻き混ぜられ、いよいよ快楽の波に攫われそうになった時。コンコン、と誰かがドアをノックした。  心臓が止まる。さすがの准一も動きを止めて息を潜める。 「あ、あのぉ、すごい音がしましたけど、どうかしましたか? 大丈夫ですかぁ?」  若い男の声だ。純粋にこちらを心配しているような口ぶりだった。 「大丈夫ですか?」  男は繰り返しノックする。准一は薄く笑い、何を血迷ったか、抜けかかっていた肉棒を腹の底に叩きつけた。ぐぇっ、と潰れた声が喉から漏れる。 「大丈夫ですよ。ツレがちょいと、体調を崩しましてね」 「お店の人呼んできましょうか? 救急車とか」  准一はドアの向こう側にいる男と話しながら、平気で腰を揺する。円を描くように動いてゆるゆると腸壁を擦る。しかし俺の口を覆う手は一層力強い。緊迫した状況であることはわかっているのに、無性に興奮した。同時にすごくもどかしい。早く続きがほしくなる。ゆるゆると擦られるだけじゃ足りない。 「ああ、でも、大したことじゃないんです。映像酔いって言うんですかねぇ。こうしてれば、そのうち治まりますから」  ただじっとしているだけで精一杯の俺と違って、准一の演技力は見事なものだ。白々しい嘘がいかにも真実らしく聞こえる。 「本当に大丈夫ですか?」 「ええ。すいません、ご迷惑おかけして」 「あ、いえ、早くよくなるといいですね」  男が立ち去ったのを確認し、しばらく息を詰めていた准一はほっと脱力した。 「やっっべぇ、マジで焦ったな」  そんなことはどうだっていいんだよ。さっさと続きをしろよ。 「焦ったのはお前のせいだぞ。ぎゅんぎゅん締めてくるもんだから」 「じゅん、いちぃ……」  我ながら酷い声だ。しかし構ってはいられない。いいところでお預けを食らったせいか、体の奥が切なく疼いてたまらない。頭がおかしくなっているのだ。全部准一のせいだ。准一がいつもと違って変だから、煙草の匂いがしないから、俺もつられておかしくなっているんだ。  ごくりと生唾を呑むのが気配でわかる。腰を掴み直され、思い切り肉を打ち付けられた。口を塞いでいた左手はいつのまにか下腹部へ移っている。後ろを突かれながら前を抜かれた。  津波のように押し寄せる快楽に身を委ねる。喘ぎ声を我慢できているのかどうかわからなかった。聞こえるのは様々な音が入り混じった雑音ばかりだ。耳も馬鹿になっているらしかった。  再度首筋に噛み付かれる。これで三度目か。准一の息遣いを直に感じる。さっきよりも深く噛みしめられ、焼けるような痛みが走ったかと思うと、腹の奥で大爆発が起きた。パンパンに張り詰めていた男の象徴が、限界を迎えて爆ぜたのだ。  大量の熱がほとばしり、空洞を満たす。呼応するように全身の皮膚が粟立って、電気ショックを受けたみたいに腰が跳ねて、俺も吐精した。准一の手の中に、ありったけの情欲をぶち撒けた。前だけで達するのとは全く違う、深くて重たい愉悦の海に、俺は長いこと浮遊していた。   「で? 俺に何か言うことあるよなぁ、先生?」  約束通り、地下一階のフードコートでアイスを奢らせてやった。キングサイズのトリプルだ。一番高いやつを頼んでやった。小さな丸いテーブルに向かい合って座っているが、准一の前にはセルフサービスの水が置いてあるだけだ。 「いや、中盤お前もノリノリだったし……」 「ボケてんのか? 仕掛けてきたのはてめぇの方だろうが」 「で、でもほら、アイス食わしてやってるし、替えのパンツも買ってやったろ? そうカッカすんなよ」 「そうなったのも全部てめぇのせいだろ。後先考えないで中出ししやがって……」 「返す言葉もございません」  腰を摩って痛みをアピールすると、准一は小さく縮こまって紙コップに口を付ける。その姿が雨に濡れた大型犬みたいに情けなくて笑えた。 「今日のアンタ、ちょっと変だったぜ。いつもならもう少し冷静だろ。ドアノックされるまで誰かが入ってきたのに気づかねぇなんてヘマはしねぇはずだ」 「いやぁ、オレって普段からこんなだろ。まぁでもあの時はマジで焦ったな。びっくりしすぎて漏らすとこだった」 「そのわりに余裕そうだったけどな」 「お前にはそう見えた?」  わずかに細められた眦にはかわいさの欠片もないが、しかしせっかくのフードコートで水しか飲めないというのも不憫だと思い、キャラメル味のアイスを一口食べさせてやった。
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