消えた。

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消えた。

 切餅(きりもち)横丁(よこちょう)。  そんな通称を持つ、見た目が“切餅”を横にしてつらつら並べたような姿から、世間様から左様呼び習わされている街の一角の、漆喰の白壁を備えているものの安普請(やすぶしん)の真新しい二階建て長屋の並ぶ建屋の一隅。  その角部屋に先月引っ越して住んでいる草野惣太郎とロリの営む探偵事務所兼住居にとある一報が届いたのは、あの柳花村の連続殺人事件が発覚した初夏をとっくに過ぎた厳冬の頃合いであった。 「惣太郎。興味深い封筒が一通と新聞がポストに投函されてた」  ぽぽい。  畳の上で軍払い下げの毛のだいぶ少なくなった毛布2枚にくるまってだらしなく寝転ぶ惣太郎の脇に据えられた、質屋で手に入れた格安のまんまる卓袱台(ちゃぶだい)の上に放られ紙製の文書袋詰と、安インクで活版され紙質も内容もよくない、でも天ぷらの油取りや折り紙してゴミ箱にしたり、買ったばかりの皿や茶碗などを包むだりするのには重宝する紙の束を探って手に取り、上半身だけをムックリ起こした惣太郎は開口一番。 「うちは貧乏だから新聞なんかとってないですよ。誤配ですかねぇ?」  といった。 「大丈夫。試供品みたい」 「押し紙と言う奴ですね。ならタダですか、暇つぶしに助かります。あとで勧誘に来ても取ったりはしませんけど♪」 「押し紙、意味違う。サンプル」  読んで。  ロリはそう惣太郎に促して、卓袱台に乗ってあぐらをかいた。 「暖かそうな“ちゃんちゃん娘”になってるのはいいのですが、下はスカートですから下履(パンツ)きとストッキングが丸見えですよ?いいんですか?鑑賞しますよ?」 「買ってくれた毛糸のショーツ見せびらかし。でも見ちゃヤ!」  ゴチ。  と、ロリにちゃんちゃんこの袖に仕込んであるデリンジャーごと惣太郎の頭を叩いた。  くぅーーーっ!! 「あー!頭頂部がパックリ割れるかと思いましたー」  惣太郎は頭を抱えて卓袱台に突っぷす。 「いいから、早く読む」 「はい。(よろこ)んで!前見えませんが、それはそれで♪」  スカートの前を抑えて顔面に押し付けられたデニム薄めの白い絹のストッキング足裏に、なんだかんだあったけど生きてて良かった。‥‥前見えませんが。などと心境を☓供述を○はじめた惣太郎に、 「がんばったご褒美だと思って、このまま読んで」  と、ロリは先ず、新聞紙の見てもらいたい該当記事がある紙面と封筒の中で折畳まれていた文面をスカートの上で重ねて広げ、惣太郎の顔を覆っている両足のパッカリ指を開いて視界を確保してあげた。 「ほう、ロリさんの小さな中指と人差し指の隙間から薄デニム越しに見えます読めます。それにあたしのセクシャリティを満腹させてもくれます。ロリさんは天才さんです本当に♪」 「臭くない?」 「無いですよ。はあー‥‥。むしろとってもフローラルな心持ちになります」 「‥鼻息あらい。いいから読んで」  足裏の真ん中辺りに当たる息の生温かさがこそばゆく、ロリはむずがる赤子のように身体をよじり「早くすませて」と催促する。 「はいはい。アーンと‥‥。ああ、加奈子さん無事あたしが紹介した軍務省の大食堂の仕事につけたようですね♪」 「よかった」  芙蓉皇国にやってきてから大体5年。  ロリは軍事(いくさごと)以外では普通にネイティブな芙蓉語を身に着けて流暢に、外でも(うち)でも話をする。 「その文書は、加奈子さんの身辺調査が終わって正式に軍属雇いになったっていう事実を、身元引受人のあたしに届いた軍務省からの通知書ですね。ちゃんと保護も兼ねてくれるそうですよ♪」 「これで安泰。本当に良かった」  重要参考人として警察と軍隊の拘束下に置かれる筈だった加奈子の身柄を引き受けたい。  そう書いた封書を柳花村から去る日に警察と陸軍の指揮官に手渡し申し出たのは惣太郎であった。  もちろん、重大事件の重要参考人であるからには、尋問や裁判所に期日とおり出頭しなければならないのが当然であるため、それをキッチリやりきりながら外の生活を共に、慣れた頃合いに独りで生活出来るように手配りし、手伝いをし、村の外のことなぞ生まれてこのかた見たこともなく、常に六象とその一味や村民らに監視されながら千恵子の身の回りの世話だけの生活しかしたことがなかったので、いきなり村の外に出て世間様の一般的な生活なぞ覚束ないのではないか?と、惣太郎は心配されたからだ。  それにもうひとつ、重大事な事柄があった。  実は加奈子は、六象と加奈子の母親との間にできた子供であったのだ。  そう、彼女の母親も六象が花街で買った女郎のひとりだったのだ。  勤めていた女郎屋が花街の激しい客取り競争に敗けて店を閉めることになり、子持ち(ゆえ)に行き場を喪い、致し方無く幼い加奈子を抱えて各地で日雇い労働者をしながら流れた場所が、あの柳花村だったそうな。  生き方やり方は木津親子とは明らかに違うものの、行き着いた先が六象のもとであったのは、ナニかしら因縁めいたものを感じずにはいられない。  再び六象と出逢った加奈子の母親は、加奈子の父親は六象であることをひた隠しにしつつ、千恵子の世話をする仕事を引き受けることとした。  むろん。六象側にも企みもあった。  彼女ら親子を手元に置くことで、余計な秘密をこの親子ごと世間に飛び出していかないよう監視できる口実にしたのだ。  だが、何故(なにゆえ)に惣太郎は以上の事実に気付けたのか?  理由はさほど難しい話ではなかった。  木津親子の素性を帝都で調べている際、これに付属して陽の光を浴びせられ明らかになっていった六象の下半身事情にくっついて、加奈子の素性もわかったからだ。  しかしその事実を惣太郎は、柳花村滞在中ひた隠しにした。  彼なりの気遣いだった。  あらぬ無用な疑念が彼女の身に降りかかり、あまつさえ村人に、特に六象に無用な忠誠を誓う柳花村出身の軍人あたりに付け狙われたりしたら、裁判前に六象にとって不利な証言や身の上話をされる前に消しに掛かられたりでもしたらたまらない。そう考えた結果だった。  実際、加奈子は自宅を大勢の村人に取り囲まれて、もし惣太郎とロリが少しばかり駆けつけるのが遅かったらどうなっていたかわからない境遇になっていたのかも知れなかったのだから。  そして稼いだお金の大半は、この難事を、姿をくらます為の資金に消えた。  こうして六象の息がかかった不穏因子な軍人連中を軍部が完全排除して軍法会議にかける手筈を整え提訴されたのを見届け、彼女の安全が確保されたのを確認した惣太郎は、軍の伝手をたより彼女の見の立つ道を提示で上げたのだ。  文書には手書きの副文(そえぶみ)が付属しており、それは、加奈子からのたくさんの感謝の言葉で綴られていた。 「ありがとうございました。だって」 「元気でやりなよ。って、返信でもしますかね♪」 「Yup♪(うん♪)」  そんな会話を惣太郎とロリは、ロリの足指の隙間から目を合わせながらして、お次はっとばかりに、新聞紙の記事に惣太郎は視線を移してニヤリと笑った。 「へぇー。どうやら政治的に巨大な力が働いたとみえて、柳花村が隣町に吸収合併されて無くなるそうですよ♪」  来年そうそう柳花村がその村名ごと、芙蓉皇国の地図から完全に“消える”ことが新聞記事の端っこに書かれていた。  おしまい。      
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