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男子児童行方不明事件。
芙蓉皇国。
この、かつての大陸に巨大な隕石が堕ちたことで形成された円形の島国は、他の大陸や島々と同じく惑星表面を厚く満たす“雲の海”の上を浮遊しつつ回遊している。
そんな奇妙な陸の山道を、一台の荷馬車が山盛りにされた積荷の多さと本来乗せるべきではない大荷物を二荷ばかり積んで、ノラクラと上下左右に小刻みに揺れながら、ある村へと進んでいた。
季節は、初夏を過ぎた頃合で、山の濃い緑の匂いと豊かさが眼に眩しかった。
「やあ、やっと着きましたか」
大荷物の一荷の一人が荷台から降りて背伸びをした。
この者、都会の安下宿に住んでそうな、見るからに貧乏丸出しの羽織袴姿で書生風の若造は、帆布製の旅荷物が突っ込まれた頭陀袋の口紐を、よっこらせ!と肩にかけると、ここまで荷台の隅っこに乗せ運んでくれた荷馬車の御者と荷物の見張り人と、同乗者の車の行き先にニ日前から取材に訪れているという、カメラを抱えた雑誌記者の若者に向かい、焦げ茶色の生地に黒帯入りの中折帽子を取って深い辞儀を幾度かして、お互いにこやかに手を振りあって別れた。
若者が着いたのは目的の『柳花村』は北の端、轍が深く刻まれた村落へと続く路傍であった。
離れていく荷馬車の荷物は、藤篭にこれでもかと詰められた“綿花”である。
付近の畑で収穫されたこれを、彼らは村外れにある村営の工場へと運び、そこで真っ白に加工して綿糸にしたり綿モスリンの織物に仕立てたりするのだ。
「さてと、あたしを雇ってくれた依頼主さんに会いに参りましょうか」
独りごちた若者は、まだ真新しいさの残る革靴で小石を踏みしめ、どこか散策気分な足取りで依頼主との居住する村外れのこじんまりした板葺きの、遠目で見ても粗末な家へと歩き始めた。
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