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十年前の六月三十日。
この静かな山間の村で当時十歳の『木津和音』が忽然と姿を消した。
夕方、初等学校を出た和音は、母と共にこの村に引っ越してから出来た同い年で同じ村外からの移住者の娘である『向島佳世』と仲良くなり、学校帰りによく遊んでいたらしく、
彼が行方不明となった当日も二人は遊んでいた。
遊び場は、村の西端の山裾にある【西山の社】。
二人が社の前の二又路で別れたのは陽が陰り始めた夕暮れ刻、即ち午後6時頃の事であったと向島佳世は証言している。
彼女はまっすぐ家に帰り、当然、木津和音も帰宅したと思っていた。
その後、陽が完全に沈んだ夜七時過ぎに仕事を終え帰宅した母の『木津千恵子』は、息子が家に居ない事実に気付かされた。
彼女は台所土間と四畳半の居間、三畳の箪笥部屋と一畳分の押入れを何度も確認してから、彼の姿を追い求め八時半頃に村営の湯屋に向かい、ここにも来ていないことを確認したあと、家の周囲や彼が行きそうな場所を幾度も巡った。
だが、どこにも息子の姿はなかった。
時刻は夜半を過ぎていた。
一旦、自宅に帰ることにした千恵子は、不意に息子が帰ってきた時を考え、二つの大きな塩握りと胡瓜の糠漬け、豆腐の味噌汁の遅い夕食を拵えて、まんじりともせず夜を明かした。
村役場に捜索を願い出たのは翌午前八時半頃だったらしい。
手隙の村人と駐在の警官に招集がかかったのは、午前九時頃。
総勢三十人の捜索隊は、前日に千恵子が探した子供達の遊び場や溜まり場の他、山野の茂みや現在は田畑に化けた沼地にも出向き、昨日共に遊んでいた向島佳世にも事情聴取を行って、徹底的に村の領域内を探し回った。
だが、探索すること三日。
それでも彼を発見することは出来なかった。
ついに当時の村長の命により、彼は村に居ないものと断じられ、県警本部に誘拐の疑いありとして届け出る事にした。
それでも千恵子は、急速に関心を示さなくなっていく村人の手を借りずに一人黙々と息子の姿を探し続けた。
以来、十年。
結局、十歳男子児童の音沙汰は未だにどこからも現れてはいない。
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