陸の目

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 思わず見とれる俺を、甘楽が嫌そうに睨み返してきた。 「なんだ?」 「な、なんでもない……」  見とれてたなんて、言えない。  殺される。  俺の言い訳なんか、はなから聞く耳を持たない甘楽は、カップをのせたトレイを持って客のところへさっさと行ってしまった。  甘楽は客の前では決して毒舌を吐かない。  それどころかとびっきりの笑顔と甘い声でささやく。 「あなたに恋い焦がれて苦くなっちゃった、エスプレッソです」  客はうっとり甘楽にくぎ付けだ。  でも、戻ってくるなり毒を吐く。 「余市くん、あいつ飲んでもないのにおかわりだって。ったく、あいつエスプレッソ何杯飲むんだよ。次、お前持ってけよ」 「え?」  反論しようとする俺をジロリと睨む。 「給料分の仕事はしろよ。さっきから俺ばっかり料理運んでんじゃん」 「ご、ごめん」  苦手意識が先に立って、なかなか思うように動けない。言い返す言葉すらなくうつむくと、甘楽が指で俺の顎を持ち上げる。  すると、甘楽の顔が目の前にあった。  うるんだ瞳で見つめたかと思うと、にっこり満面の笑みを浮かべた。 「俺が好き好んでヤローに笑顔振りまいてると思ってんのか?」  恐ろしい笑顔というものを最近になって知った。  その中でも一、二を争う恐ろしい笑顔だった。 「お、思ってない」 「本当に?」  疑わしいと言わんばかりに睨みつけられる。 「ほ、ホント」 「でも、さっき俺のこと見とれてただろ」  完全に見抜かれてた。  黙り込む俺の腹に、甘楽が拳をねじ込んでくる。  すると、遠くのほうで客が呼ぶ声が聞こえた。 「はーい。只今伺いまーす」  甘楽は甘い声で返事を返したが、俺の耳元でドスの利いた声で囁いた。 「変な気起こしたら、容赦なくお前を狩るからな」  同一人物とは思えない。  戸惑う俺に、甘楽はひと睨みすると足早に客のところへ向かった。  甘楽はかわいい顔して平気で毒舌を吐く。  でも最近、甘楽の毒舌も嫌じゃない自分がいる。  そんな俺って……。  そんなことを考えていると、変な歌が聞こえてきた。  見ると、多紀さんが上機嫌で歌を歌いながらスイーツを作っている。 「♪~イ~チゴ、イチゴ、イチゴちゃ~ん、君には真っ赤なルビーがお似合い、取り合い、君に会いたい、いえ~い~♪」  相変わらず意味不明な、歌謡曲調にラップが雑じった変な歌だ。  その横で穂国さんがブツブツ言いながら料理をしている。きっとダジャレを考えてるに違いない。  何か思いついたのか、穂国さんの顔がパッと輝いた。 「イチゴを買いにイッチゴー!」  ダジャレを思いついた穂国さんは満面の笑みを浮かべた。  余市さんの判定はいかに……。  あたかもドラム音が鳴っていそうな間を置いて、余市さんが口を開いた。 「十五点」  かなり低めの点数だが、その得点に穂国さんは何故かご機嫌。  気付けば上総さんが穂国さんのダジャレに肩を揺らして笑っている。  どうやら穂国さんのダジャレは、上総さんのツボに刺さるらしい。  上総さんの笑顔に、穂国さんは満足したように頷いている。  そんな穂国さんと上総さんを無視して、余市さんは豆腐小僧たちにお使いを頼んでいるようだった。 「いいか。寄り道はしてくるなよ。今日は満月だからな。こわーい鬼がうようよしているぞ。お前たちなんかひと捻りだ。首を引きちぎられて手足をもぎ取られ、内臓をえぐり取られるぞ」  その言葉に豆腐小僧たちが震え上がる。  心配なのはわかるが、忠告しているのか、怖がらせているのか分からない余市さんに上総さんが声をかけた。 「じゃあ、私がお供しましょう」  すると、豆腐小僧たちが上総さんの足にしがみつく。  よしよしと言いながら、上総さんはスイーツがのった皿を俺に差し出してきた。 「これ、七番テーブルに持っていってください」 「……はい」  ジェントルマンデイの日は、上総さんは裏方に徹する。恨みがましい視線を上総さんに向けたが、意に介することなくニッコリ飛び切りの笑顔で返された。 「今日のまかないはビーフシチューだそうです。そしてデザートはなんと、あすかルビーたっぷりのタルトです。あともうひと踏ん張りです、頑張りましょう!」  きっと特大のイチゴタルトを想像しているのだろう。想像しただけで胸やけがする。 鼻歌交じりに豆腐小僧たちを引き連れて行ってしまった。  そんな個性的な人たちがいる喫茶店『テッセラ』。  俺はこの場所が大好きだ。  やっと自分の居場所ができた気がした。  この先きっと今まで以上に人ならざるモノと関わっていくことになる。場合によっては絡新婦を祓った時以上に危険なことがあるかもしれない。  けれど、ここにいる仲間がいればきっと乗り越えられる。いや、乗り越えて見せる。  だって、ここに居るみんなに失望されたくない。大切なみんなを守りたい。  だから、俺は強くなる。  こんな女装なんか屁でもない。  俺は先ほど上総さんに渡された皿を、七番テーブルへ持って行った。 「あなたの魅力で溶けてしまいそう、十種のアイスクリームが入ったパフェです」  これまでで一番の笑顔で料理を差し出した。       完
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