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その時、鬼が物凄い形相で女の人に襲い掛かっていった。
「危ないッ!」
思わずそう叫んでいた。
けれど、女の人は驚きもせず、少しだけ手を動かした。
袖を払うようにほんの少しだけ。
すると、すぐそこまで迫っていたはずの鬼が一瞬にして霧となって消えてしまった。
何が起こったのかわからなかったけど、僕を襲おうとしていた鬼はどこにもいないことだけはわかった。
目の前の、この女の人が鬼を霧に変えてしまったのだ。
人間そっくりな女の人。
でも、このヒトは人間じゃない。
人間ではないけど、これまで見てきたヒトじゃないモノたちとは違う。
いつだったかおじいちゃんと話をしていた妖怪だ。
ボーっと見つめる僕を、女の人がジロリと睨みつけた。
『早く逃げよ。下等なモノたちがまだウヨウヨしておる。喰われたくなければ、さっさとこの場から立ち去れ。二度は助けぬぞ』
「どこか……痛いの?」
女の人が首を傾げた。
『何を呆けたことを……』
女の人は泣いていた。
でもそのことに、女の人は全然気づいていないみたいだった。
「じゃあ、どうして泣いてるの?」
女の人はハッとしたように、袖で顔を隠した。
『さっさと 去ね、お前を喰らうぞ』
僕を脅そうと、女の人は怒鳴った。
でも、なぜか全く怖いと感じなかった。
涙でぬれた瞳が、とても哀しい色をしているからだろうか。
「あなたは僕を食べない……でしょ?」
『ふんッ、戯けたことを。わらわも妖ぞ。人間の子を喰らうことなど造作もないことじゃ』
「でも、あなたは僕を食べない」
女の人の瞳が一瞬だけ揺れた。
『何故そう思う?』
「あなたの瞳はとてもきれいだから――」
そう言った僕の顔を、女の人はひどく驚いた顔で見つめた。
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