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ガタン、と大きな音を立てて体が揺れた。
目を開けると、眩い光に一瞬目がくらんだけど、すぐに慣れて周りの景色がはっきりと見えてきた。
ここは新幹線の中。
窓から見える景色が猛スピードで後ろへと流れていく。
俺、山城宗介は修学旅行先である京都へ向かうために、新幹線に乗っていた。
「またか……」
辟易したようにひとり愚痴る。
何度となく見る夢に嫌気がさすが、これは夢じゃなくて現実に起きたこと。
そっと肩に手を置いた。
あの時、鬼の爪が食い込んでできた傷は今も残っている。
そして、あの時の記憶は途切れたままだ。
あの後、どうやって家に帰ったのかさえ何も覚えていない。
覚えているのは、あの妖の悲しそうな表情だけだ。
窓の外を眺めた。
幾度となくトンネルをくぐると、この国の象徴とも言うべき山が見えた。けれど、感慨にふける間もなく車窓は真っ暗になってしまう。
『暗い場所には、良からぬモノが集いやすい』
誰に言われた言葉なのか覚えていない。
でも、その言葉は決して間違いではない。
まだ十七年と短い人生ではあるけれど、何度となく立証されてきたことだからだ。
それを覆すほどの材料は何ひとつない。むしろそれを裏付ける材料なら山ほどある。
さっさと目を背けるに限る。
急いで車内に視線を移す。
すると、隣で心地よさそうに眠っているクラスメイトの横顔が目に入ってきた。
のんきに寝ているそいつの顔を見ていたら、なんだか少し腹が立ってきた。
織田甘楽、クラスメイトだけど、これまであいさつ程度しか言葉を交わしたことがない。
話をしたことがないのは甘楽に限ってではないけれど、名前と顔が一致しているクラスメイトというのは希少な存在だ。
小さい頃から人とは違うモノが見えるせいで、気味悪がられてきた。そんな俺に近づく者はいなかったし、自分からも積極的に交わろうとはしてこなかった。
うっかり話しかけて自分しか見えない存在だった、なんてことになるのが嫌だからだ。
だから友達と呼べる者は皆無に等しい。
そんな自分がクラスメイトと認識できるのは、ほんのごくわずか。
甘楽ととりわけ仲がいいわけじゃない。
挨拶程度しか言葉を交わしていないのにも関わらず、甘楽のことを覚えているのは、甘楽の存在自体が特異だからだ。
艶やかな漆黒の長い髪、透き通るような白い肌に長いまつげが影を落としている。
すらりと伸びた手足は折れそうなほどに線が細い。スカートをはいているにも関わらず、無防備に足を放り出している。
思わずその足に見入ってしまうが、慌てて視線を戻す。
必死に自分の心を律する。
『こいつは男だ! 見惚れるな俺!』
誰がどう見ても可憐な女子高生にしか見えないけど、甘楽は正真正銘、心も身体も男だ。男である甘楽が、なぜ女生徒の制服を着ているのか。
情報源が少ない俺の耳に入ってきたのは、甘楽の家系は代々歌舞伎役者で、女形を演じるために普段から女装をしているとか、甘楽の姉が事故で亡くなり、母親が精神を病んでしまったため甘楽が姉の代わりをしているとか、ただ単に女装が趣味などなど……。
真相を知る術はないけど、違和感のない女子高生姿に、誰も異を唱えることはない。
今でこそ甘楽が男であることをほとんどの生徒が知っているが、入学当時は甘楽に告るヤツは後を立たなかった。
中には、力づくで甘楽をものにしようと考えたバカな奴もいたらしいが、見た目とは裏腹に甘楽は腕が立つらしく、そいつがフルボッコにされたという話は、今や伝説になっている。
それでも男子生徒の中には、甘楽が男でもいいから付き合いたいというヤツはゴロゴロいて、月に一度は告られるらしい。
男には一切興味がない自分でさえ、眠っているその顔に思わずトキメキそうになるんだから、告りたくなる気持ちもわからなくもない。
見れば見るほど女にしか見えず、こうして間近で見ていても男の『お』の字も要素がない。
本当にこいつ男か?
甘楽の顔をしげしげと見つめていた時。
パチリと甘楽の瞼が開かれ、艶っぽい少しうるんだ黒い瞳が俺を捉えた。
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