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あの息子のために、息子の母親だった女性と『夫だった』というものを遺しておかなくてはならない。男と女としてどんな行き違いや不備があっても、彼が生まれた日には確かにそこに二人で祝福した笑顔があったのだと――。耀平の誓いのようなものだった。
妻との縁を切ろうとは思っていない。思い出も捨て去ろうとも今は思っていない。それは義妹と結婚すると決めたのだからなおさらだった。
そして、それは花南もおなじだった。
『お姉さんの万年筆。結婚の記念だもんね。航もよくこれを見ているもんね。大事にしなくちゃね』
この家に来た頃も、この家で五年暮らした時も、そして帰ってきた今も。これを見たら、義妹の花南は静かに笑って、いつもそう言う。
姉と同じ男を慕った妹としての嫉妬もなにもないようで、ただ、義妹と夫だった自分の間に、死んでしまった姉がいるのは『あたりまえ』だった。
耀平には密かに憎む気持ちを宿していたものの、義妹にはそれは窺えず、ただ『兄さんの奥さんだったお姉さん』としてごくごく自然に間に置いてくれた。
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