2.××年 小樽

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 軒下から落ちてくる雨だれが、地面に落ちて跳ねる時。水面に一滴だけ落とした時にできる王冠の形に跳ねる現象、『ウォータークラウン』。それと同じように、透明な雨だれが跳ねている。  耀平は驚いた。花南はそれを『カエルが跳ねている』と喩えたのだ。確かに、幾度も絶え間なく落ちてくる雨だれが、あちこちの軒先の下でピョコピョコ跳ねている様は、王冠というより、忙しく飛び跳ねるカエルのようだった。 『とうさんもみえた? かえる!』 『ああ、見えたよ。いっぱいいるな。水のカエル』  嬉しそうに息子が抱きついてきて、そしてその側ではひっそりと花南が微笑んでいた。  妻がいなくなって後。そんな息子を、息子の目線で楽しませてくれていたのは、まだ若い花南だった。  このままでいいような気にさえなっていた。義父、義母、そして若叔母の花南。母親がいなくとも、血の繋がった大人に愛されていれば、父親だけでも育てていけると思っていた。  なのに。花南はなんの相談もなく、三回忌を終えたら『修行をする』と、いつのまにか小樽の工房で職人として採用され出て行く準備を済ませていた。
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