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時計を眺め、耀平はため息をつく。もしかすると、親方が言っていた『空き時間の創作』をしているのかもしれないなと。
一度、ホテルに戻って、出直そうかと思った。できたら、久しぶりに一緒に食事をしたい。そして、『カナちゃんの作品を見たよ。素晴らしい。兄さんは買いたくなった』と言ってやりたい。
ひとまずホテルに戻ろうと、黒い革靴のつま先を階段へと向ける。
「兄さん!」
「カナちゃん。ああ良かった。今夜は会えないかと思った」
この時はまだ、彼女のことは『カナちゃん』と呼んでいた。
「どうしたの」
「小樽のガラスを見たいと思ってね」
あの冷めた眼差しで、耀平をじっと見つめている。
夏の夜風に、花南の黒髪と羽織っている柔らかいストールカーディガンの裾が揺れている。
――大人になった。そう思った。生意気な芸大生といった感じで、まだまだ子供みたいに思えていたのに、まったく様変わりしていた。
耀平に向かってそよぐ風から、微かに緑の花のような匂いが届いた。もう『女』だと思った。
やっと花南が静かに微笑んだ。
「お兄さんらしいね。ものを見るのが大好きだもんね」
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