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だから耀平は『いまでも』、リビングのドアを開ける時は少し躊躇う。もうそうではなくなったのだとわかっているのに。
ドアを開ける。
緑の薫りがするいつもの風がさあっと耀平を包んだ。リビングに風が通る。ダイニングテーブルにいけられている桔梗が揺れ、義妹のスケッチブックがパラパラとめくれる。
庭への降り口に、大きな水鉢。そこに水草と金魚を入れている。義妹がそこに背を丸めて座り込み、じっと覗いているところだった。
義妹の花南を見つけると、耀平は今でもホッと胸を撫で下ろしてしまう。
「カナ、またばてているのか」
職人の工場エプロンをといてソファーに無造作に放っていて、いつもの綿のティシャツにカーゴパンツという工房スタイル。肩より下まで伸びてしまった黒髪を、シンプルにヘアゴムで縛っているいつもの姿の彼女が振り向いた。
「お兄さん、お帰りなさい」
「うん、ただいま。暑いな、山口は」
耀平の首元も汗で湿っている。黒いネクタイの結び目に指を差し入れ、ふっと緩めた。
「冷茶、いれるね」
凍らせて溶けてゆく水が入っているペットボトル片手に、職人姿の花南がふっと立ち上がる。
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