3.△△年 小樽

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 その真実を前に、耀平は『倉重』から自分だけこぼれ落ちていくようなやるせなさを噛みしめていた。  いまなら、これを義父に突き出せば、倉重と縁を切れる。  なにもかも忘れて、元の『宮本耀平』に戻ればいい。実家は仙崎、かまぼこの事業を引き継いだ長男兄貴の手伝いをすればいい。  ……航は、引き取れないだろうが。俺が育てて、後に倉重の男にすればいい。まったく違う世界で出会った女性と生きていければいい。いまなら、間に合う。  花南だって。ただの『欲しい義妹』で終われる。  しかし。耀平の気持ちは悩む間もなく『否』を出していた。  なによりも、どんなことよりも。いまさら、航と他人になるだなんて考えられない。自分だけ新しく生きるだなんてできない。  航はここで育てる。妻が死んでからやっと得た平穏には、花南がいた。  航もだ。花南に会うたびに喜んで、別れるたびに泣く。  小樽に一度だけ連れていった。初めての北国を叔母と楽しんだ後の別れ。帰りの飛行機で航はずっと泣いていた。  『父さん、カナちゃんを連れて帰ってきて』。いつまでも泣く息子を何度『父さんがいる』と抱きしめて、慰めたか。
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