4.○○年 山口

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 くそ。山口にだってうまい(きのこ)ぐらいあるんだぞ。  朝食を終えると、花南はすぐに工房へと出て行った。  花南が淹れてくれた珈琲だけがテーブルに残り、そこで耀平は出勤前にタブレットで『山口県 きのこ農家』を検索中。  カリヨンの鐘が時報を告げ、我に返った。 「いかんな、俺。どうもあの親方が苦手だ」  一人前のガラス職人にしたのは、実質、師匠になった芹沢親方だった。  二年、花南を厳しく育ててくれた。彼の弟子の育て方は『うまく突き放す』ことだと、花南が聞かせてくれた親方像からそう感じている。  きっとあそこでも花南は女性として浮いていただろう。しかし、他の兄弟子が既婚者ばかりだったので容易い関係になるような空気も出来にくく、また独身であった親方は奥手そうで不器用そうでストイック第一で、女は二の次三の次。そんな男が弟子である女に手を出すのは、とても覚悟と勇気がいることに違いない。  だがそれが、花南を『プロ』にしてくれた。本当に『師匠』というべき男で、花南には『恩師』。  花南の職人としてのストイックは、小樽の親方と湖畔の親方それぞれから受け継いだものだと耀平は思っている。
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